記事のカテゴリー
Live at Ogamo Shrine, Kurayoshi, Tottori on July 2nd, 2011
Live at Biwako Biennale on October 2nd, 2010
くらよし国際交流フェスティバル2011公式テーマソング "Shiny Smile"
『白兎跳神イナバスターのテーマ』
『白兎跳神イナバスター』の挿入歌 "Foundation"
CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2012 >>
ARCHIVES
RECOMMEND
RECOMMEND
76:14
76:14 (JUGEMレビュー »)
Global Communication
RECOMMEND
武満徹:四季
武満徹:四季 (JUGEMレビュー »)
ランタ(ミカエル),武満徹,山口浩一,ヤマシタ・ツトム,山口保宜,高橋諭,佐藤英彦
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
KONTAKTE
KONTAKTE (JUGEMレビュー »)
Karlheinz Stockhausen,Christoph Caskel,David Tudor
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Steve Reich: Music for 18 Musicians
Steve Reich: Music for 18 Musicians (JUGEMレビュー »)
Ken Ishii,Richard Cohen,Virgil Blackwell,Steve Reich,David Van Tieghem,David Van Tieghem,James Preiss,Jay Clayton,Jay Clayton,Larry Karush,Nurit Tilles,Steve Chambers,Steve Reich,Shem Guibbory,Elizabeth Arnold,Pamela Fraley,Rebecca Armstrong,Bob Becker,Gl
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Stockhausen: Aus dem sieben Tagen
Stockhausen: Aus dem sieben Tagen (JUGEMレビュー »)
Karlheinz Stockhausen,Diego Masson,Ensemble Musique Vivante
RECOMMEND
RECOMMEND
X
X (JUGEMレビュー »)
Klaus Schulze
RECOMMEND
ケージ:ニュー・エレクトロニック・ミュージック
ケージ:ニュー・エレクトロニック・ミュージック (JUGEMレビュー »)
テュードア(デヴィッド),ケージ,バビット,プスール,バビット(ミルトン),プスール(アンリ)
RECOMMEND
Steve Reich: Octet; Music for a Large Ensemble; Violin Phase
Steve Reich: Octet; Music for a Large Ensemble; Violin Phase (JUGEMレビュー »)
Judith Sugarman,Lewis Paer,Chris Finckel,Michael Finckel,Mort Silver,Mort Silver,Mort Silver,Richard Cohen,Virgil Blackwell,Virgil Blackwell,Virgil Blackwell,Steve Reich,Edmund Niemann,Larry Karush,Nurit Tilles,Steve Reich,Ed Joffe,Vincent Gnojek,Douglas
RECOMMEND
RECOMMEND
ペルト:タブラ・ラサ
ペルト:タブラ・ラサ (JUGEMレビュー »)
クレーメル(ギドン),ペルト,デイビス(デニス・ラッセル),ゾンデキス(サウルス),シュトゥットガルト国立管弦楽団,ベルリン・フィルハーモニー12チェリステン,リトアニア室内管弦楽団,ジャレット(キース),グリンデンコ(タチアナ),シュニトケ(アルフレート)
RECOMMEND
Il Trionfo Dell'amore
Il Trionfo Dell'amore (JUGEMレビュー »)
Orlande de Lassus,Orlando di Lasso Ensemble
RECOMMEND
RECOMMEND
インサイド・アウト
インサイド・アウト (JUGEMレビュー »)
チック・コリア・エレクトリック・バンド
RECOMMEND
アローン・バット・ネヴァー・アローン
アローン・バット・ネヴァー・アローン (JUGEMレビュー »)
ラリー・カールトン,リック・マロッタ,マイケル・フィッシャー,テリー・トロッター,エイブラハム・ラボリエル
RECOMMEND
ウーバージャム
ウーバージャム (JUGEMレビュー »)
ジョン・スコフィールド,アヴィ・ボートニック,ジェシ・マーフィー,アダム・ダイチ,ジョン・メデスキ,カール・デンソン
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Mustt Mustt
Mustt Mustt (JUGEMレビュー »)
Nusrat Fateh Ali Khan
RECOMMEND
RECOMMEND
LOVEBEAT
LOVEBEAT (JUGEMレビュー »)
砂原良徳,Bryan Burton-Lewis
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Oxygene
Oxygene (JUGEMレビュー »)
Jean Michel Jarre
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
ライヴ/デッド
ライヴ/デッド (JUGEMレビュー »)
グレイトフル・デッド
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Waltz for Debby
Waltz for Debby (JUGEMレビュー »)
Bill Evans,Scott LaFaro
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
GIGANTIC DAYS
GIGANTIC DAYS (JUGEMレビュー »)
イアン・オブライアン
RECOMMEND
RECOMMEND
The Pearl
The Pearl (JUGEMレビュー »)
Harold Budd & Brian Eno
RECOMMEND
Terry Riley: A Rainbow In Curved Air
Terry Riley: A Rainbow In Curved Air (JUGEMレビュー »)
Terry Riley,Terry Riley,Terry Riley,Terry Riley
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
E2-E4
E2-E4 (JUGEMレビュー »)
Manuel Göttsching
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
Technodelic
Technodelic (JUGEMレビュー »)
Yellow Magic Orchestra
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
東京・京橋で、特別気功講座を行います。
 
前回の記事で『夏だからジャワ更紗』展をご紹介いたしましたが、それに伴いまして、23日より26日まで、上京いたします。

その間の24日に、都内の区立京橋区民館におきまして、午後7時より、特別気功講座を行います。

とは言っても、この日にこちらで定期的に行われている真木先生の気功教室に参加するだけなのですが、先生が中心となってレッスンをされて、私は皆さんの型をチェックしつつ、サイドからそれをサポートするという形になると思います。その後の質疑応答で、いろいろご質問を受けたいと思います。そちらが私の出番かも知れないですね。ご質問の内容にもよりますけれども、他の教室では絶対に聞けないようなレアなお話をさせていただこうかな、と思っています。因みに、その後懇親会もあります。お酒を飲みながらいろいろとハードコア・スピリチュアルの話題が飛び交う、みたいな。一説ではこちらの方がメインという話が(笑)。

というわけで、ご興味のある方は、私に直接ご連絡いただくか、ギャラリー銀座一丁目(03-3535-0522)までお問い合わせ下さい。久々の東京です。皆様に再びお目にかかるのを楽しみにさせていただいております。
| お知らせ | 11:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
『夏だからジャワ更紗』展示会開催のお知らせ。
 
嫁さんと私が運営しているジャガタラ・アート・アンド・クラフト(aka. ジャワネコ・アート・アンド・クラフト)がサプライヤーとなって、今月22日より30日まで、東京都大田区のブティックDoさん本店において、『夏だからジャワ更紗』展が開催されます。

この展示会に合わせて、いろいろ商品をご用意しました。目玉の一つは、完全ハンドメイドのシルク・ショールです。うちと現地アーティストによるコラボレーション作品で、他では絶対に手に入らないオリジナル作品です。シルクの滑らかな肌触りと、バティックによるカラフルなデザインを、ぜひお楽しみ下さい。

同時に、今うちが取り扱っているあの幻のコーヒーも販売いたします。ええ、あの幻のコーヒーです。私の周囲でも結構人気です。カフェインゼロ、酸味ゼロ、文字通りマイルドなコク。口コミで着々と売れております。ええ、これも国内で取り扱っているのはうちだけ(のはず)です。そちらもぜひご堪能下さい。

というわけで、お近くの方、ぜひご来店下さいませ。お待ちしております。m(_ _)m

『夏だからジャワ更紗』特別販売会

詳しくはこちら。

インドネシアのバティック:ジャワから世界へ
| お知らせ | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
デジタル戦国時代
 
面白そうな記事があったので、ここでご紹介させて頂きます。

IT技術の中核はクラウドとクラウドデバイスに - 早大 丸山先生講演

パーソナル・メディアという概念は、なかなか面白いですね。ところが実は、これに近いことを、すでに20年近く前に指摘していた方がいらっしゃいました。彼の名は、細野晴臣。言うまでもなく、かのYellow Magic Orchestra (YMO)のメンバー兼プロデューサーです。

彼はその音楽家としてのキャリアをスタートさせた当初から、文化とテクノロジーについての鋭い視点を持っていたように思います。その一つの表れがYMOであったことは、言を待たないと思います。このグループは当時、音楽だけではなく、ファッション、思想などの多分野において、当時の若者の注目の的になりました(言うまでもなく、私も含めて(笑))。その彼が20年近く前に、あるインタビューで、こう言っています。「今後は、一人一レーベルの時代になる。それを後押しするのが、コンピュータだ」。彼はこの時すでに、テクノロジーがマス・メディアを崩壊させる可能性を、指摘していたわけです。

果たしてそれは、現実のものとなってしまった。実際今、CDが売れない。若者はテレビを見ない。出版不況、などなど・・・。価値観がこれでもかというまでに多様化してしまった。タブレットの出現がそれを、さらに後押ししようとしている。

さらに時代をさかのぼれば、かのジョン・ケージ。彼はマス・メディアだけではなく、権力構造をもテクノロジーが崩壊させるであろうということを、1950年代に指摘しています(『小鳥達のために』)。中東を見るまでもなく、それは今や我々が、日常的に目にしていることですね。

一人一レーベルどころか、一人一放送局になりつつある。それをパーソナル・メディアの時代と呼ぶのは、言い得て妙だと私も思います(余談ですが、テクノロジーによってマス・メディアと権力とが同時に崩壊しかかっているということは、それって両者は元々、同じ穴のムジナだったということなのでしょうか?)。

こうなるとやはり重要なのは、コンテンツですね。いかにして魅力的なコンテンツを提供するか。いやそもそも、「魅力的」って何だ?みたいな、根源的なところから考えていかなければならない。今までの価値観は、通用しないかも知れない。正に、「脳に汗をかいて」考えなければならない。ある意味、デジタル戦国時代。私はそんな気がしますね。

そして、語られている対象こそ違え、我々地方に住む人間には、次のような氏の指摘は、示唆的かも知れない。

「クラウドにローカルはない」――丸山先生が杜の都で復興にエール

問われるのは、アイディアです。
| 時事砲弾 | 12:21 | comments(2) | trackbacks(0) |
「食」から見る今の日本
 
先日、倉吉市内で行われた「食」に関するシンポジウムに参加してきました。

初参加だったのですが、一応東洋医学の専門家です、と自己紹介させていただくと、何だか事情がよくわからないうちにいきなりパネリストみたいな形になってしまって、それに便乗したわけではないのですが、僕が一方的に話しまくってしまったような形になり、反省することしきりだったりしますが(笑)。

しかしやはり、時代の流れを感じますね。私が師匠について自然食や東洋医学の勉強を始めた15年位前ですと、そんなことを他人にうかつに話せば、即座にカルト扱いされましたからね。実際私はそれで、友人を多く失いましたが(笑)。でもやはり震災以降、自然とテクノロジーとの関わり方を、誰もが嫌でも見直さざるを得なくなった。その端的な例が、この食の問題ともいえるのではないか、と思います。

本当にこの食べ物、食べて大丈夫なんだろうな、そんな疑問は、誰も持たなかった。そのような幸福な時は、今正に過去のものになろうとしている。ギョーザ事件とかも確かにありましたけれども、今はそれとは、完全に異質ですからね(安全なレベルになるまで数万年とか、気の遠くなるような話です・・・)。そのような時代に突入してしまった我々には、正しい知識を持って、自分自身で身を守るべく努力する他はない。

でもある意味、これは正しいことなのかも知れないですね。「安全です」といっているのは、政府だけ。その政府も、かつては親方日の丸とかいわれていたけれども、どこまで信用していいのやら・・・。そうなると否が応でも、自助努力するしかない。

問われているのは、私達自身の独立心そのものなのかも知れないですね。

もう一つ興味深かったのは、例えばこういうイベントが開催されたとして、じゃあ早速実行してみようみたいな話になった時、簡単に実行できる、というのが、田舎の醍醐味ですね。翌朝近所のおじさんの畑に集合、みたいな。都市部ではそれは、かなり難しいのではないかと。千駄ヶ谷ではあり得なかったですね(笑)。

そういう、そこにしかないような特性を掘り出してクローズアップしていくことが出来れば、田舎といわれていた地域が、突然魅力あふれる場所に変化するのではないか。そういうメタモルフォーゼは、とても素晴らしいと思いますね。いやいや、なかなか面白いイベントでした。
| 時事砲弾 | 12:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
気功法の裏技集その3〜『調心』について(上):瞑想とは何でしょうか
 
今回はいよいよ核心、『調心』について、論を進めたいと思います。一般的な東洋思想の書物によればこのカテゴリーには精神集中瞑想の二つがあり、普通前者から解説を進めるのですが、ここではあえて逆に、抽象度の高い後者から始めたいと思います。

さて『調心』について、「核心」と申し上げたのは、他でもありません。これが一番難しく感じられるからですね。何となれば、効果が見えにくいからです。『調体』は型ですから、わかりやすい。『調息』も呼吸ですので、まだヴィジブルです。しかし言うまでもなく、心はそうではない。

従って、良かれと思ってやっていることが、実は逆効果だったりということが、どうしても生じてきます。いわゆる「魔境」あるいは「偏差」というものですね。現代的にいえば、妄想が生じやすい。しかもそれが妄想なのかどうなのかがこれまた見えないものですから、やっかいです。

ですから、『調体』、『調息』に関してはご自分で独習ということもある程度可能なのですが、こと『調心』に関しては、熟達した方に、リアルタイムで指導を受けた方が良いかも知れません。

しかし、この「熟達」というのも、これまた見えにくい要素でもあり、それを見誤ると、これまた問題を生じる。

具体的に考えられる問題としては、以下のようなケースが考えられると思います。例えば、ひどいストレス状態に長期間置かれて、心身のバランスを崩しがちになった。明らかに自分でもヤバイ、と思ったので、対策を講じることにした。しかし心療内科だとか精神科に行くのは、勇気がいる。そこで昔からストレスにはヨガや気功が良いということなので、それらを試すことにした。

ただし、問題なのはその次です。こうして教室を訪ねて、気持ちを落ち着かせるのに最適といわれるメディテーションのやり方を、教えてもらった。なるほど、やっているうちに何やら光のようなものが見える。これは効果がありそうだ、ということでそれを続けているうちに、電車の中にいる人の考えていることが手に取るようにわかるようになってきた。しまいにはそれが声となって聞こえてくるようになった!これはマズイ、練習が足りないのではないか?と思って、そのトレーニングをさらに一生懸命にやるようになった。そうしたら落ち着くどころか、しまいには、他人には見えない人の姿まで見えるようになった・・・。これは特殊なケースではなく、割と起こり得ることで、私自身そういう方のご相談を、よく受けます。それではこのケースの、どこに問題があるのでしょうか?

考えられるのは、この教えてもらったメディテーション(meditation)というのが、実は、コンセントレーション(concentration)だった、ということです。

このコンセントレーション/メディテーションの違いは、実用上、とても重要だと思います。前者は、「精神集中」、後者は「瞑想」と訳されます。昔の天台宗などのオーソドックスな流派ですと、「止観」という言い方をして、私はこの言葉の方がイメージがつかみやすいので好きなのですが、実は、両者を混同して理解していらっしゃる方が、極めて多いのですね。残念ながら教室を開いているような方の中にも、そういう方が多い。そういう方はご自分が師匠より教えてもらった指導内容を、そのままそのお弟子さんに伝えようとしている場合が多いのですが、人間は千差万別で、教えられた通りのことがそのままその他の人に適応可能かどうかは、十分な検証が必要です。そのプロセスを案外失念されている方が多いのですが、その最たるケースが、この両者の混同だと思います。

つまりここでの問題は、こういうことです。この方の場合、あまりにも鋭敏な感覚をされているがために、他人の行動あるいは言動が自分に与える影響に過剰に敏感になってしまい、それがストレスとなって現れていたわけです。そのような方にコンセントレーションをお教えすると、どうなるでしょうか?当然その方はますます感覚が研ぎ澄まされてしまい、それに伴ってそのような過剰反応が、ますますひどくなる可能性があります。それが先に挙げた例のような状況を引き起こすわけです。それは、ラジオをあるチャンネルに合わせたら気に入らない音楽が流れてきたので、何とかしようとしてボリュームを上げるようなものです。ますますそれがあなたを煩わせることは、自明の理です。

このような場合の一番簡単な対処法は言うまでもなく、チューニングを変えることです。これが、メディテーションのわかりやすい例だと思います。

先ほど私は、「精神集中/瞑想」という言葉よりも、「止観」の方がイメージがつかみやすい、と申し上げましたが、それはそういう意味です。「止(=精神集中)」では、心を一点に集中させて動かさないトレーニングをします。しかし問題は、そうやって培われた集中力が、良くない方向に向かった時ですね。見たくもないのに見えてしまう、聞きたくもないのに聞こえてしまう、それを遠ざけようとすればするほど、余計に見えたり聞こえたりしてしまう、みたいな。その状態が長いこと続けば、精神に異常をきたしてしまいます。この方に必要なのは、「観(=瞑想)」の方です。

そのポイントは、ただ「観る」ことにあります。「止」の反対ですね。かといってそれは、単純に「集中しない」ということではありません。そうではなく、他のチューニングを試すこと、そのために、チューナーのノブを自在に回すことですね。そうやって、他にもたくさんのチャンネルがあるということが理解できていて、このチャンネルでなくても他のチャンネル聴きゃいいや、という選択肢が取れれば、驚いてパニックになったりすることはありません(余談ですが、このことはいわゆる心霊現象でも同じです。怖がったり逃げようとすれば、状況は悪化します。なぜか?そんなことをしても、チューニングが相変わらずそちらに向いているのに、変わりはないからですね)。

ですから、コンセントレーション/メディテーションも、TPO、あるいはその方の特性に合わせた柔軟な指導が必要になります。カスタマイズが必要なわけです。常時ぽーっとしてしまって、文字通り集中力がない、とおっしゃる方には、精神集中のトレーニングは有効だと思います。しかしその逆で、やたらと他人の行動が気にかかる、みたいな方には、精神集中のトレーニングはお勧めできないですね。状況が悪化する可能性がありますから。ただし、そういう特殊知覚能力を身につけたいのだ、という方には有効でしょうが(余談ですが、NLP(神経言語プログラミング)の提唱者の一人リチャード・バンドラーは、その著書『神経言語プログラミング』の中で、過去に受けたトラウマの状況を細部にいたるまで克明に記憶している人が、自分は記憶力がないといって記憶力増強のトレーニングを受けたりするのだから、人間とは奇妙なものだ、と述べているくだりがありますが、正にその通りだと思いますね。実際私がコンセントレーションとメディテーションの区別について考える契機となったのは、この箇所を読んだからでした)。

しかしながらあまり実地の指導の重要性を言い過ぎると、このシリーズの意味がなくなるわけでして(笑)、この場ではある程度独習せざるを得ない皆様の、便宜を図る必要がある。精神集中に関しては、様々な本に様々な有効なやり方が書かれていますのでそちらをご参照いただくとして、それでは「観=瞑想」のやり方としてどのような方法が有効なのか、と問われれば、私のこれまでの経験から言わせていただくと、最も有効なのは、「雑念を利用すること」だと思います。これが最もパワフルです。

ここでもう一つ述べさせていただきますと、「無念無想」という言葉があって、その言葉通り、瞑想中は何も考えてはいけない、雑念は追い払うべきものだ、と考えていらっしゃる方が多いのですが、それは誤解です。実際それは湧き水に蓋をして、その流れを止めようとするもので、それは脳が働いている限り、不可能でもあります。むしろ今までの論点から申し上げれば、重要なのは、それをただ何となく眺め続けることです。映画のように。これが「観法」のテクニックの一つです。

そんなことをして何の効果があるのか?それには、二つ答えがあると思います。一つは、脳のデフラグ。「デフラグ」とは、皆さんがお使いのコンピュータでやるところのメンテナンスの一つで、いわばハードディスク内のファイルの整理整頓ですね。結果として、ハードディスクの読み込み速度を向上させることが出来るわけですが、私は観法の効果がまさにこれと同じだと思います。雑念を眺めるということは、メモリ上にハードディスク内の情報を一旦取り出した上で、再配置しているのと同じです。畢竟、もしその情報が欲しいと思った時には、それをしていない状態に比べて、格段のスピードでそれを取り出すことが出来るわけです。「頭が柔らかい」とは、こういう状態だと思います。

そしてもう一つの効果。それは、感情と行動の分離です。先ほど申し上げました通り、雑念を眺めるのは、映画を眺めるのと同じです。映画を見てあなたは、笑ったり怒ったり泣いたりします。しかし映画は映画。終わればそれが、単なる映像がもたらす幻想だったと知ります。そのようなトレーニングを続けると、一体どうなるか。しまいには、現実生活自体が映画のように見えてきます。それに対して、極端な感情の起伏を抱いたりすることは、なくなります。極端な話、いかなる状況においても(もちろんその程度がいかほどかによって、その人の「修行」がどの程度進んでいるかを判定することが出来るのかも知れませんが)、心が全く動かなくなります。これを「不動心」と呼んだり、あるいは「悟り」と呼んでも、私は全く問題ないと思います。だからといって、全く感情のないロボットのようになるわけではない。逆に、幻想なんだからむしろ楽しんじゃえ、といったように、それをポジティヴに利用できるようになります(軽いノリで書いていますけれども、これが正に、大乗仏教と小乗仏教との考え方の違いにもなります)。

別の例を挙げましょう。「今日言いたいことは明日言え」という言い方があります。この言葉から連想できることといえば、普通の人は今日言いたいことを今日言ってしまいがちだ、ということですね。つまりこの人は、感情と行動が直結してしまっているわけです。そのようなパターンが問題を起こしがちであるということは、想像に難くない。では「明日言う」ということはどういうことか?一晩その感情を「寝かす」ことで、その人は激情的に行動するのとは違った、冷静な行動が取れます。それを日常生活全体に、広げるようなものです。

古来から多くの人が目指してきた心の状態とは、こういうことではないのでしょうか?

さて、今回はいきなり抽象度(難易度)の高い「観法」についてお話ししました。その具体的なやり方の一つとしては、リラックスした状態で、ご自分の雑念を眺め続けること。これだけです。TPOは問いません。これだけ故に、実感が沸きにくいかも知れないですね。これに関しては、個々人でお試しいただく他ありません。まあ騙されたと思って、一ヶ月程度お試しになって下さい。間違いなく、環境が激変します。しかし、後戻りは出来ませんので、覚悟してやってみて下さい。映画『マトリックス』のように。

次回は精神集中の方法について、実用的な観点から論じてみたいと思います。
| 気功法の裏技集 | 12:30 | comments(2) | trackbacks(0) |
日本語教室ボランティア募集!
 
鳥取県国際交流財団倉吉事務所では、日本語教室のボランティアさんを募集しています。

技能は問いません。外国からの皆さんと共に、楽しく教室を盛り立てていきましょう。

今日から毎週水曜日、午後1時半からスタートです。皆さんのご参加お待ちしています!



・・・と広報までお手伝いしてみる。(・∀・)
| お知らせ | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
気功法の裏技集その2〜『調息』(呼吸法)について
 
今回は、『調息』に関して、議論を進めたいと思います。

『調息』というよりは、呼吸法という方が通りが良いかも知れませんね。わかりやすいですし。実際書店に行けば、スピ系(レトロな言葉で言えば、精神世界系(笑))に限らず、健康法コーナーでも、呼吸法に関する本が、わんさかあります。しかしここでも、多くの方が混乱されるかも知れませんね。どれを選んだらいいんだろう、みたいな。

では実際、私のところでは、呼吸法に関してはどのような指導をさせていただいているのでしょうか。はっきり申し上げて、何もしていません。つまり、特定の呼吸法に関しては、何も申し上げておりません。

これは、私だけのやり方ではありません。実際横浜の師匠のところでも、ほぼ同じだと思います(昔と同じであれば、の話ですが)。その理由は師匠に言わせれば、初めての方に呼吸法を指導すると、そちらの方に意識が取られてしまって、リラックスの妨げになる、ということで、私もそうだと思います。繰り返しになりますが、重要なのはリラックスの方です。それが土台ですから。数秒で吸って数秒で吐いて、みたいなのは、雑念以外の何者でもない(笑)。ですので基本的に、自然な呼吸で十分、ということで、私のところでもそうご指導させていただいております。それにぶっちゃけ、大して効果に差はないですからね。もちろん、リラックスが出来ていれば、の話ですが。

ただそれだけでは話が続かないので(笑)、ここで以前より気になっていたことについて、一言触れておきたいと思います。

それはいわゆる、「逆腹式呼吸」です。

この言葉も、ご存知の方はご存知かも知れませんね。簡単に解説をしておきますと、普通の腹式呼吸というのは、吸気に従って、お腹が膨らむ呼吸法です。逆腹式呼吸というのは文字通りその逆で、吸気に従って、お腹を意図的に引っ込めるやり方です。

なぜこんな不自然な呼吸をする必要があるのか?ここが問題です。しかし私の見たところ、この単純な問いに正確に答えている文献は、残念ながら目にしたことがございません。もちろん私が読んだ多くの本に、「逆腹式呼吸は効果がある」、とは書いてあります。しかし、「何の」効果なのでしょうか。それが全く書かれていなかったのです。そうなると仕方がないので、自分で確かめるしかない。そんなわけで初学者の頃、自分なりに実験してみると、やっているうちに汗が出てきます。そういう意味では、何らかの反応がありました。しかし、この汗はなぜ出てくるのか?それがわかりませんでした。

その自分なりの回答を得るのに、数年かかりました。それから考えるとこの呼吸法は、極めてよく出来た呼吸法であることがわかりました。

実はこの呼吸法は、内臓を圧縮して締め上げることの出来る、ほぼ唯一の呼吸法なのですね。例えばこれを、先の自然呼吸と比べてみましょう。吸気と共にお腹が出るのは、横隔膜が下がり、それがその下にある内臓を圧迫して、それが前に押し出されるからです。

実はこれだけでも十分効果があります。内臓が動かないのに比べれば、です。現代人は呼吸が浅い、とよく言われます。しかしそれは実は、単に肺活量の問題ではありません。むしろそれは、些細な問題かもしれない。問題なのは、横隔膜が運動しないことで、それに伴った内臓の運動なんぞ望むべくもない、という状態にあります。(蠕動運動などの自発的なものを除いて)内臓は全く動かないのです。それがどういう結果をもたらすかは、想像に難くありません。まあ単純なところでは便秘、恐ろしいところでは内臓の血液循環不全による様々な疾患ですね。このカテゴリーにはガンとかも十分含まれるんじゃないでしょうかね。例えば、心臓はガンにならない臓器ですね。その理由は、常に運動しているからです。しなければ死にますから(笑)。ですから、運動することがガンを予防する有効な方策だ、という視点から、この例は良く出されますね。その逆を考えればいい。全く運動しない内臓。そこへ持ってきて暴飲暴食の上に慢性的な血行不良。それでガンよ出来るなと望む方が、無理があるような気がしますね。だとすればやはり、内臓は動かさなければならない。

その観点から、逆腹式呼吸法を考えてみましょう。吸気に従って、横隔膜が下がっていきます。自然呼吸に従って何も手を加えないままだと、内臓はお腹から外へ出て行こうとします。これだけでも、何もしないよりはましです。ではそこで逆に、お腹を引っ込めてみましょう。すると、上からは横隔膜による圧迫、身体前部からは腹筋による圧迫により、内臓は圧縮されます。その後リリースすることで、内臓も圧縮から解放されます。内臓には新しい新鮮な血液と組織液を送り込むことが出来ます。ふきんを絞るのと、全く同じです。逆腹式呼吸を生理学的に解説しようと思えば、このような解説が可能だと思います。

さらにこの論法で考えると、この技法をより発展させることが出来ます。要は、内臓を圧縮させることなのです。だとすればそれを十分に達成するためにも、息を吸いきったところで一旦止めるのは、よいアイディアですね。要するに、ヨガでいうクンバクです。数秒で十分です。さらには吸気の際には、会陰部を締め上げるのも、良いと思います。そうすることで、下からも内臓を圧縮することが可能ですからね。これと同じやり方が、かの本山博先生の本にも書かれていましたね(ただ残念なのはこの部分で、クンダリニとチャクラを結合させる、みたいな解説がしてあったので、そこら辺が若干読者を選んでしまうかな、という感じなのですが)。

というわけで、この逆腹式呼吸をトレーニングの前に試すのは、悪くないと思います。10回程度でも十分ではないでしょうか。それ以上やりすぎると、のぼせますから。お風呂に入った時と同じです(笑)。うちの師匠は意識の持ち方としては、吸う時だけ意識的にやって(へそから空気が入っていくイメージで、と言っていましたね)、吐く時はただリラックス、と言っていましたけれども、これも良いアイディアですね。常時意識的にやる必要は、私もないと思います。

実はこのやり方で、大いに助けられたことがあります。数ヶ月前私は、嫁の里帰りに合わせてインドネシアに行ったのですが、そこで食中毒を起こしました。古い油に当てられまして(笑)。深夜突然始まった、恐ろしいほどの悪寒と吐き気。これはヤバイ、と思ったので、胃の中にあるものは指を突っ込んで、強制的に吐き出しました。しかし時すでに遅し。それに続く激しい下痢と高熱。さすがに嫁もビビッていました。しかし私は、冷静になって考えました。どうやら胃の中は何とか空っぽになったが、小腸に入り込んだやつがあるな、恐らくこいつを引きずり出さないことには、下痢も高熱も収まらないだろう、と考えて、対策を講じることにしました。点穴ではソフトすぎるな、と思ったので(何せしんどいですからね。早くこの状態を脱したいと思うのは人情(笑))、逆腹式呼吸を試すことにしました。しかも強力に。あまり美しい話ではありませんが、やればやるほどお腹がポンプのような唸り声を上げて、腸にたまったものが見る見る排出されていきます。すると一気に楽になり、熱も下がりました。頭はまだクラクラしていましたが、何とか次の日の飛行機に間に合って、無事に(では全然なかったですけれども)帰国することが出来ました。まあ普通のパターンでは、強制入院ですね(余談ですが、ああいう場合には下痢止めは厳禁らしいです。排泄されるべきものが下痢が止まることで体内に残留してしまいますからね。ご注意下さい)。まあこれは極端な例かも知れませんけれども、そのコンセプトはご理解いただけるのではないか、と思います。

まとめますと、『調息』に関しては、自然呼吸で十分です。もしそれに変化をつけたいのであれば、逆腹式呼吸を。この二つで、十分に用は足せると思います。

次回は、『調心』についてお話しします。
| 気功法の裏技集 | 18:46 | comments(6) | trackbacks(0) |
6月16日土曜日、奉納演奏を行います。
 
来る6月16日土曜日午後7時より、倉吉市内にあります小鴨神社におきまして、奉納演奏を行います。

こちらの神社では昨年二回演奏させていただきましたので、正味三回目ですね。前二回は市内のStudio Mad Mouseさんの主催でしたが、今回は完全に、私単独のイベントです。

スタイルとしては、昨年も少しやりましたけれども、神社のど真ん中にコンピュータを設置してCGを投影しつつ、サウンドを環境音とリアルタイムにミックスして、神社全体を音響彫刻=インスタレーション化する、といった感じでしょうか。まあ空間芸術ですね。空間芸術と言えばシュトックハウゼン先生で、先生がかの大阪万博のドイツ・パビリオンで演奏していらっしゃる写真を見たことがありますけれども、あんな感じで。この界隈では誰もそんなことをする人間はいないので、仕方なく(笑)私がすることにしました。

神主さんにもご快諾いただきまして、演奏前は祝詞を上げて下さるそうです。いやー、はまり過ぎです。神主さん、いつも本当に、有難うございます。ええ、神様に喜んでいただけるよう、チル・アウトを通り越して、どスピリチュアルなライヴ・イベントにしようと思っています。

願わくは、神様に捧げる奉納演奏という趣旨もそうですけれども、この界隈の有能な若手アーティストの交流の場になれば良いな、と思っています。最近そういう出会いが多いものですから。いや実際その方が、神様に喜んでいただけるような気がしたりして。鳥取って、面白いですよ。案外

そんなわけで、詳細は今後詰めていきます。宜しくお願いいたします。
| アート・シーン探訪 | 19:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
気功法の裏技集その2〜『調体(調身)』について
 
先だってからこの新しいシリーズ『気功法の裏技集』をスタートさせたのですが、意外にも反響が大きく、本人も驚いているところです。こんな奇人変人のブログでも、読んで下さる方いらっしゃったのね、みたいな。基本的に自信のない小心者ですから(笑)。でも皆様のお声に勇気付けられつつ、進めていこうと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m

さて、前回少し前置きしておきました通り、今回から更に突っ込んだ議論をしていきたいと思います。具体的には、『調体・調息・調心』の中身ですね。というわけで今回は、『調体』に触れてみたいと思います。

ここで前回の復習ですが、気功法の基本は、あくまで「リラックス(放鬆)」です。これ以上でも、以下でもありません。これが全ての出発点になります。そしてそれが達成できているかどうかは、どうやったらわかるか。リラックスが出来ていれば、全身の筋肉や血管が開放されるので、体のすみずみにまで血液が行き渡ります。そうなると各細胞が活性化しますので、その際熱を発します。それは意識によって容易に知覚出来ます。前回にご紹介した図式を繰り返しますと、

リラックスする→血液が効率的に流れる→細胞が活性化する→体が温かくなる

このプロセスは、普遍です。逆に言えば、熱が知覚出来なければ、その行法は効果を生じていない可能性がありますので、ちょっと疑ってみるのも、悪くないかも知れません(このように、疑ってかかるというのは、極めて科学的な態度だと思いますね)。

その点から、『調体』を考えてみましょう。一番わかりやすい例は、太極椿の姿勢だと思います。一見してこの姿勢、変です。まず普通の人間の立ち方ではありません。何でこんな立ち方なんだ?私もそう思った人間の一人でした。不思議に思って文献を調べてみると、いろんなことが書いてあります。しかし、どの説明も納得できないものばかりでした。例えば、この立ち方が経絡の流れを云々、と書いてある。しかし初学者の私には、経絡自体理解出来なかった(より正確に言えば、「知覚出来なかった」)ので、この説明もあまり当てにはなりませんでした。

しかし練功を続けるにつれ、だんだんと、気功において重要なのは、「リラクゼーション」なのではないか、と思い始めてきた。さすがの疑り深い私でも(笑)。そしてそれと共に、全身に血液を効率的に送ることが、気功法の鍵ではないか、と思い始めてきた。その点から太極椿の姿勢を考えると、この姿勢が極めて計算されて作られていることがわかった。てか、この姿勢しかありえないじゃん、みたいな(笑)。

実はこの姿勢のポイントは、各関節を「半曲げ」状態にすることにあります。例えばひじ。ひじは曲げるでもなく、伸ばすのでもありません。「半曲げ」にするのです。なぜか?ご自分でやってみて下さい。その方が、上腕筋・前腕筋とも、緊張しないはずです。逆に、しっかり曲げたり、その反対でしっかり伸ばしたりすると、いずれの場合も腕のいずれかの筋肉が、緊張するはずです。

しかしここでは、そのような解剖学的な分析だけで満足してはいけません。それを体感しなければ意味がない。試しにその「半曲げ」の状態で、しばらくじっとしてみて下さい。腕が温かくなってきませんか?その原理は、説明するまでもありませんね。筋肉が緩んだので、血管に血液が通りやすくなったのです。そのため関係する部位が、温かくなったのですね。

それを更に広げていきましょう。手首の関節も、「半曲げ」にしましょう。指の関節も、「半曲げ」にしましょう。全部です。さらには、わきの下(烏口腕筋付近)も「半曲げ」にしましょう。結果的にそこに現れるのは、太極椿の腕の形です。それではそのコンセプトで、全身の各関節を、「半曲げ」にしてみましょう。そこに現れるのが、太極椿の形です。

昔の人は、このことを、経験的に知っていたのでしょうね。では「経験的」とはどういう意味か?「気が通っているのが経験的にわかっている」、ということですね。では「気が通っているのが経験的にわかっている」とはどういうことか?それは「手足の先まで、全身が温かくなっている」ということですね。

以上の発想を、ご自分の練功に応用してみて下さい。坐功を例に取りますと、極端な結跏趺坐ですとか半跏趺坐は、血液の流れを滞らせるだけですので、避けた方が無難だと思います(もともとこの形は、手足の長いインド人が作り上げたもので、手足の短い日本人には適していません)。あぐら坐で十分です。そのあぐら坐を取る際にも、各関節の「半曲げ」を維持するように、ご自分で工夫してみて下さい。しばらくすると全身が温かくなってくるはずです。これが「気功状態」です。その際、複雑な型ですとか小難しい呼吸法ですとか精神集中ですとかは、全く必要ありません。自動的にこの状態が現出します(そういう意味では、このように静功から練習される方が、私はベターだと思います。私は指導の際は、そのようにしています)。

ここで補足させていただきますと、この「ご自分で」というのも、重要だと思います。というのは、人間の体というものは、もちろん基本形はありますけれども(手が二本とか足が二本とか)、細部に関しては、十人十色です。例えば、筋肉ムキムキの体育会系の人物と、私のような吹けば飛ぶような骨と皮の貧弱な人物とでは、筋肉や血管の構造ひいては血液の流れに差異があることは、十分に考えられると思います。ですから気功の型も、ご自分の体質に合わせてご自分で工夫されるのは、悪くないと思います。具体的にいいますと、私の場合ですが、太極椿の姿勢を取る時に、教室で教えられるような腹部の前にボールを持つ姿勢だと、どうも「イマイチ」なのですね。その代わりにちょっとその手を高めにすると(パッと見、意拳という拳法で行われる站椿功の形に近くなるのですが)、「いい感じ」になります。このように、「ご自分で」「いい感じ」を探すという態度は、とても良いことだと思いますね。

繰り返しになりますが、この論法で練功される際は、複雑なことをされる必要はないと思います。複雑なものだと、重要なファクターとは何か、がわからなくなりますからね。站椿功や坐功で、十分です。必要なのは、感覚です。「いい感じ」を探すこと。そのバロメータは、熱感です。それが立ち現れるように、各関節を「半曲げ」状態にしつつ「ご自分で」カスタマイズすること。『調体』に必要な基礎は、これで十分マスターできると思います。

次回は、呼吸法などの『調息』に関して、議論いたします。
| 気功法の裏技集 | 16:54 | comments(6) | trackbacks(0) |
気功(あるいはヨガ)のトレーニングで一番重要なこととは、何でしょうか?
 
気功(あるいはヨガ)のトレーニングにおいて、一番重要なこととは何でしょうか?

例えば、皆さんが書店で気功関係の本をお求めになると、その冒頭に必ず書かれている言葉があります。それは、『調体(あるいは調身)・調息・調心』です。言うまでもないことかも知れませんが、一つ目は「体の調整(型など)」、二つ目は「呼吸の調整(呼吸法など)」、三つ目は「心の調整(精神集中など)」ですね。

しかしだからといって、はあそうですか、とばかりにこの三つが、問題なく即座に実現できる人がおられたら、その方は呂洞賓です。このブログなんざ、はなから必要ありませんので、お気兼ねなく白日昇天して下さい。しかし私達のような素人は、そうではない。何かしらの取っ掛かりが必要です。

ここで各書物によって、見解が分かれます。ある本は姿勢にターゲットを当てるし、ある本は呼吸法にターゲットを当てる。ある本はイメージ・トレーニングにターゲットを当てる。そのため読者は、混乱することになる。一体どの本が言っていることが正しいのだ?そして自分なりにいくつか試してみて、「大して目立った効果」が現れないので、結局諦めてしまう(実は、この「大して目立った効果」というのも曲者なのですが、それは後に触れます)。かく言う私もそうでした。ただし、私は諦めませんでしたが。強情なので(笑)。諦めるかわりに一つ一つのファクターを個別に解析し、検討を加えました。

余談かも知れませんが、ここら辺で、東洋と西洋の考え方の違いが、如実に現れますね。つまり前者では「全体主義」(言うまでもなく"ファシズム"のことではなく、物事を大局的な視点から全体的に捉える思考形態のことですね)の結果、時としてあらゆる要素がごっちゃに議論されがちです。しかしその論法は、西洋的な要素還元論的な思考(物事を分解して検討するやり方ですね)に慣れてしまった我々現代人には、ちょっと受け入れがたい部分もある。「座っていれば、悟りは開ける」、「走り込めば、県大会に出られる」みたいな。体育会系の思考と言うか。そういうのは私は苦手なので(笑)。疑り深い私は、取り敢えずここで、要素還元論的な思考に従って、考えてみました。その結果、次のようなことに気づきました。

ここに欠けているのは、基準点です。つまり、ある点を基準にして、『調体・調息・調心』というファクターを導入した時に、身体がどう変わるか。ここに変化が生じるので、その変化が現れる前と後とを(いわゆる「ビフォア・アフター」)比較検討できるわけですが、その変化が知覚出来なければ、それは見かけ上、何も効果が生まれていないことになります。「知覚とは、微妙な差異に気づくことである」とポール・シーリィも言っていますが、それは正しいことなのです。

もう少しわかりやすい言い方をしますと、この三つのファクターは、三脚の脚のようなものです。しかしここには、それを立てるべき「地面」がないのです。文字通り、「土台」ですね。それがなければ三脚も、宙に浮くしかない。ではその「土台」とは、一体何か?

それは、リラックスです。

インチキだとか疑似科学だとかトンデモ系とか言われて日本医師会やら物理学会の諸先生方に毛虫の如く忌み嫌われる気功ですが、そんな権威ある彼らにご理解いただけるように一介のゲス気功家が気功の解説を試みるとすると、それはぶっちゃけ、「全身を余分な緊張状態から開放することで各組織への血液・組織液の循環を改善し、その各組織の活性化を図ることで健康状態を回復しようとする技法」とまあこんな感じになるのではないかと思います。ここにあまり論理的な飛躍はないような気がします(ともかく『気功』という二文字を見ただけでヘドが出るとおっしゃるオエラ方には、この提案さえ聞いていただけないでしょうけれども。同じ部屋にいると伝染性の痴性が移る、みたいな。あ、実際そういう扱いされることよくありますよ。とかくこの手の自然療法家は、アンタッチャブルな存在ですからね。本当にこの道に進んで、心底後悔しています(笑))。

これを検証しようと思えば、次のような実験が最も効果的です。ロープを持ってきて、ご自分の頚動脈に血液が流れないよう、首をぐるぐる巻きにすれば良いのです。結果はすぐに、おわかりになると思います(因みに当ブログは、自殺奨励サイトではございませんので、警察へのご通報は、ご遠慮申し上げます)。言うまでもなくこの現象は、脳に血液が行かないことから生じます。つまり人体の各組織の活性には、血液は欠くべからざる存在なのです。当たり前の話です。だとすれば、各組織にますます血液を送ってあげれば、各組織はますます活性化するはずで、これが気功法の自然な解説であり、それ以上でも以下でもないと思います(ここで、その程度はいかほどか、という次なる問題も生じるでしょうけれども、それは細胞生理学などの学術的なお話になり、日々の健康を維持・管理する(あるいは、潜在的な能力を活性化する)という実用的な問題においては大したことではないので、ここでは深く掘り下げません)。

また、それが達成された時は、細胞は十分な血液を受け取って活性化を果たしているので、その際熱を発します。要するに細胞の活性化の度合いは、熱によって知覚し得ます。気功やヨガをすれば、全身が温かくなるというのは、こういうメカニズムです。逆に言えば、体が温かくならない練習は、ほぼ効果を生じていないと思って、間違いないと思います。神が見えたとか言い出すのは、論外(笑)(これまた余談かも知れませんけれども、ヨガをやっているとおっしゃる方で、冷え性だ、とおっしゃる方を見かけます。先に申し上げた点からすれば、これはあり得ないことですね。ヨガはストレッチ体操ではないのです)。まとめますと、リラックスする→血液が効率的に流れる→細胞が活性化する→体が温かくなる、そういうことですね。

そのリラックスという点から『調体・調息・調心』を考えると、展望が開けてきます。要は、余分な緊張を解除しなくてはならないのです。そのための『調体・調息・調心』です。もしご自分でお持ちの気功関係の本で独習してみようと思われる方は、まずはこの「リラックス」(放鬆)を念頭において、されてみて下さい。

この点を踏まえつつ、次回からは、この三つのファクターを、掘り下げていきたいと思います。

What's the most important factor in Qigong or Yoga training ?

For example, if you go to book stores to buy books about them, you can easily find out these words: posture, breath, and concentration/meditation. But if you can understand them without difficulties, you're totally experts just like the saints on the legends. You don't have to read this blog (smile). But we're just beginners, so we need more information.

But even though all of these books agree that these 3 factors are important, after that they apply different ways. One book says postures are most important, another says breath training is, and another says concentration is ... So we're easily confused. Which one is correct ? So after you try several trainings according to their suggestions, strangely there's no remarkable effect, finally you might give up (this "remarkable effect" is another important factor but I'll discuss this later). So did I. But I didn't give up because I'm stubborn (smile). So in spite of doing that, I split every factors and checked them one by one.

This kind of attitude might be a marked difference between eastern and western cultures. In the former one, because of the "Holism" point of view, sometimes we discuss every factors interlacedly. But such a kind of way of thinking sometimes makes us more confused. "If you can sit in the cold temple without thinking, you can get "Satori" or enlightenment". That's impossible because it's just like driving a car without knowing how to drive (smile). So I chose "Reductionism" way and finally I noticed one thing.

The lacking factor of these kinds of statement is "measure". We should check the effects of postures, breathing, concentration/meditation with certain measure. Without that, we cannot compare each conclusion correctly (it may be just like "before/after" comparing). So it means the process produces nothing in appearance. Paul Sheele said, "perception is to notice some differences" and it's totally true.

In short, these three factors are just like the legs of tripod. But here there's no "ground" where the tripod stands. It can be called "base" too. If it doesn't exist, the tripod will fall on the ground. So what's the ground or base ?

It's relaxation.

Many "authorized" persons just like doctors or scientists always blame Qigong or other eastern medicines are just nonsense. But If I try to explain it as one of the Qigong healer and trainer, it may be like this : It's the way in which we can release our unnecessary tension in our bodies and minds to achieve the improvement of blood circulation that makes the parts of our bodies get more blood to recover their healthy condition. Maybe it's  not so much "cultic" explanation, isn't it ? (smile)

If you hope to prove this, it's so easy. You can take a rope and tight your neck strongly for the blood not to flow into your brain. You can easily realize the conclusion (smile). Needless to say, it's just because brain cannot get blood. Just like this, every parts of our bodies need blood for their normal working. So it means, the more they can get blood, the more they work effectively. This is the  easiest and most natural explanation of Qigong. That's it (Here I wouldn't discuss how much blood can make them work "fully" or 100 % because it's not big deal in the practical meaning. The important thing is that whether they can get blood effectively or not).

And when it has been achieved, the parts of your bodies produce heat because they become activated because of a lot of blood. In this meaning, you can guess how much the parts of your bodies being activated with the help of the heat. That's why everybody say you can feel hot when you succeed the Qigong or Yoga training correctly. On the contrary, if you can feel anything in these kinds of trainings, you can doubt whether it's effective or not (or suitable for you or not).  For example, I sometimes meet persons who trains Qigong or Yoga but, at the same time, complains their bodies always cold. From this point of view, it's impossible so they should ask themselves whether what they're doing is effective or not. Qigong and Yoga aren't just stretching exercise. To sum up, the important thing is like this,

Achieve relaxation blood flows effectively through your entire body the parts of your bodies (or cells) being activated You can feel heat

If you can check these three factors just like postures, breathing, concentration/meditation from the point of relaxation, maybe you can get "key". The important thing is to release your tension and achieve relaxation. These 3 elements are just the tools to achieve it. If you hope to train Qigong or Yoga by yourself through books, I hope you to achieve "relaxation".

So next time I'll investigate these 3 factors one by one.

| 気功法の裏技集 | 15:56 | comments(7) | trackbacks(0) |
| 1/36PAGES | >>