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インドネシア呪術についての対話´

JUGEMテーマ:心、体、そして魂。

 

先だって、最近懇意にさせて頂いておりますBody Design Labを主宰されていらっしゃる坂下様の依頼を受けまして、YouTubeの動画を撮影致しました。

 

坂下様は数年来インドネシア呪術に興味をお持ちで、そのリサーチのためにバンドンを訪ねていらっしゃる時に、私に連絡を下さいました。それ以来、彼の主宰で目黒での気功教室を開催させて頂いたりしていました。

 

今回彼のチャンネルで、今私が習っているインドネシア呪術(私が習っているのは、その中でも、Air Penyembuhanという技術なのですが)の紹介をしたい、というお話がありましたので、早速彼の青山のサロンにて、数本撮影を致しました。

 

その内の2本を、こちらでもご紹介したいと思います。

 

何せ師匠に危害が加わる可能性も無きにしもあらずでしたので、インドネシア呪術に関しては結構回りくどい説明になっている感がありますが、日本では全く知られていないインドネシア呪術の鱗片をご紹介することは出来たのかな、と考えております。また坂下様ご自身も各方面でかなりの経験を積まれていらっしゃいますので、彼とお話することで私自身も、非常に勉強になりますね。

 

というわけで、ご興味のある方は是非ご視聴下さい。

 

 

 

 

 

 

at 10:53, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード8〜マジック・チャームの「見返り」Part 2

JUGEMテーマ:心、体、そして魂。

 

 2019年7月××日、東部ジャワのマランに住む親戚が、現状を見かねて、長女に連絡を取ってきた。こちらに有能な呪術師(オラン・ピンタル)がいるので、連絡を取ってみてはどうか。私からもそのことは伝えておくから。携帯電話の番号を教えてもらった長女は、早速その人物に連絡を取ることにした。

 

 彼は、マランに住むイスラム教の司祭であった。長女が連絡を取ると、彼はその時偶然にも、長女が住むバンドンの近くのブカシを、仕事で訪れていた。一度お会いして、詳しいお話を伺いましょう、と司祭が言ってくれたので、長女はブカシを訪ね、司祭に面会することにした。

 

 一通り長女から状況を聞くと、彼は早速儀礼に取り掛かることにした。その時彼は長女に、二つの条件を提示した。一つ目は、何があっても驚かないこと。そして二つ目、こちらの方がより重要なことなのですが、と前置きして、彼はこう述べた。

 

 「誰がこの件の背後にいるのかがわかっても、その人に何らかの形で復讐しようなどとは、絶対に考えないこと。それを決して忘れないで下さい。」

 

 長女はその条件を受け入れた。

 

 彼は弟子の一人を選び、彼に霊媒の役目を果たさせることにした。つまり、Aさん夫妻に憑依している精霊を、その弟子に乗り移らせるのである。司祭はコーランを唱えながら、儀礼を開始した。するとその弟子がトランスに入ったかと思うと、見事に精霊を呼び出すことに成功した。司祭は順に二つの精霊に、色々と質問した。あなた達は何者なのか、どこから来たのか、なぜAさん夫妻に憑依しているのか、あなた達にそうするように仕向けたのは、一体誰なのか。

 

 その質問に対して、精霊達はこう答えた。私達はトゥバンから来た、ただし私達は常に一緒に行動しているというわけではなく、別々の呪術師によって別々に派遣されたのだ、と告げた(司祭によれば、Aさんに憑依している年取った精霊は割と素直に司祭の言うことに従って事の顛末を教えてくれたが、Aさんの妻に憑依している若い精霊はかなり反抗的で、最初は司祭の言うことをなかなか聞こうとしなかった。しかし最終的に司祭は、彼も従わせることに成功した)。その依頼主とは一体誰なのか、と尋ねると、精霊達は、トゥバンに住むAさんの姪に当たるBの名前を告げた。

 

 その後司祭は、そのBの霊も呼び出して、尋問することにした。

 

 ところが、ここで問題が発生した。どうやら司祭がブカシでこのような儀礼を行っているということが、Bの依頼先たる二人の呪術師に見破られたらしかったのだ。彼らは司祭に対して反撃を行ってきたようだ。だが司祭は、そのうちの一人のことはすでに知っていた。その人物は実はトゥバンではかなり有名な呪術師で、彼の呪詛にかかると大抵の人は一ヶ月以内に命を落とすと噂される、恐ろしい人物だったのだ。しかも司祭とこの呪術師とがこのような形で一戦を交えるというのは、この日が初めてではなかった。激しい戦いの後、司祭は何とかこの二人の呪術師の霊を撤退させ、Bの霊を呼び出すことに成功した。

 

 司祭はBの霊に、なぜこのようなことをしたのか、と質問した。その目的は、案の定、Aさん夫妻の財産だった。Aさんを、Aさんと子供達との間を疎遠にさせて、Bの周りにいるトゥバンの親戚グループの言うことに従うように仕向け、Aさんの持つお金、土地などを、彼らの意のままにさせること、それがBの目的であった。そしてその報酬として、精霊はAさん夫妻の霊魂を受け取る。これが彼らの間で交わされていた、恐るべき契約の内容だった。

 

 司祭は、このような真似は直ちに止めなさい、とBの霊に厳命した。つまり、依頼先の二人の呪術師のところへ行って、呪詛を止めさせるのだ。ただし、一ヶ月の猶予を与えよう。もしこの一ヶ月の間に呪詛が収まる気配がないのであれば、その二つの精霊を逆にあなたに差し向けるので、覚悟するがいい。

 

 こうして、儀礼は終了した。開始してから終了するまで、実に2時間近くが経過していた。

 

 司祭は長女に、恐らくしばらくはAさん夫妻はものすごく衰弱するはずです、と告げた。長女が早速自宅にいるヘルパーに連絡を取ると、確かにAさんは突然弱々しくなり、今は飲み物も食事も受け付けなくなっている、という報告を受けた。司祭は嘆息し、これは後遺症みたいなものなので、しばらくはこのような状態が続くことはご承知置き下さい、と話した。そして、この呪詛返しの期間は一ヶ月は継続させなければならないので、その間に家族でやらなければならないこととして、定期的に聖水を飲ませ、かつバナナの葉などの呪詛返しのアイテムを揃えさせることなどを、いくつか指示した。そして司祭は、Aさんが持っていた呪詛に使われたと思しきマジック・チャームはありますか、あれば私に渡して下さい、と長女に尋ねた。再度自宅のヘルパーに連絡を取ると、そのマジック・チャームがおいてあった場所から消えていることが判明した(恐らくAさんの妻が、どこかへしまい込んでしまったのではないか、と思われた)。では取り敢えず見つかったら直ちに私に渡して下さい、と司祭は長女に告げた。その他何か質問はありませんか、司祭は長女に尋ねた。

 

 長女は、8月にAさん夫妻がトゥバンの親戚に会うように予定を組んでいるのだが、どうしたら良いでしょうか、と尋ねると、司祭は、それは駄目です、と即座に答えた。

 

 「呪詛返しが成功するかどうかは、この一ヶ月にかかっています。その間に呪詛を行ったと思しきトゥバンの親戚グループに会ったりすれば、全部が元の木阿弥になってしまいます。あなた達家族のいずれも、トゥバンに行ってはいけません。それは絶対に止めて下さい」

 

 司祭はこう答えた。それだけではない。あなた達家族は今後あまりトゥバンの親戚グループとは関わりを持たない方が身のためです。なぜなら彼らはこのように、自分達の利益のためには呪術師に呪詛を依頼するようなことを厭わない人達なのですからね。そう司祭は告げた。

 

 長女は丁重に司祭にお礼を言った。そして次のセッションをマランで行うことを決めると、二人は別れた。

 

 しかし、8月はどうしたら良いのだろうか。もうすでにスラバヤ行きの航空券まで手配してしまっているのだが、司祭に言わせればそのようなことは論外だ、ということになる。これをどうやってAさん夫妻に切り出したら良いのか、長女はまた頭を悩ませることになってしまった。

 

 ともかくこのことは、子供達で話し合う必要がある。もう7月も下旬にさしかかるので、時間がない。そう考えながら長女は、バンドンへと向かう帰途へついた。

at 12:19, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード7〜マジック・チャームの「見返り」Part 1

JUGEMテーマ:心、体、そして魂。

 

Aさんがジャワ東部を訪れた時、そこでマジック・チャームを手に入れた。

 

譲ってくれた人物は、こう言った。これは素晴らしく効き目のあるマジック・チャームですよ。あなたが信じてくれるかどうかはわかりませんけれども、精霊が封じ込められているんです。その精霊があなたの望むもの、お金でも、名声でも、何でも叶えてくれますよ。

 

Aさんは、いわゆるリタイア組だった。Aさんは現役の時はかなりの地位にいた人物で、リタイアした後は悠々自適の老後を送る「はずだった」。ところが実際にリタイアすると、彼の周囲の人たちは、まるで波が引いていくかのように去っていった。おまけに彼の子供たちも、皆独り立ちしてしまっている。家にいるのは、長年の伴侶である妻のみとなった。時々彼は、どうしようもない寂しさに襲われるようになってしまった。そんな矢先に、このマジック・チャームのことを話してくれる人物と出会ったのだ。あまりこういうことを信じるタイプではなかった彼だが、騙されたと思って頂いておくか、と考え、そのマジック・チャームを受け取ることにした。

 

不思議なことにその後、再びかつての友人たちが、彼を訪ねるようになった。彼の子供たちにも子供が出来て、お爺ちゃんお爺ちゃんと慕ってくれるようになった。おまけに、そろそろ手放そうかと考えていた郊外の農場が破格の値段で売れて、大金が転がり込んできた。彼の家には、再び活気が取り戻されたかのようであった。

 

ところが彼は、これらは全て偶然だろう、と考えた。彼はマジック・チャームのことなど、完全に忘れていた。そのマジック・チャームは、他のがらくたと一緒に、押入れの中に放置されたままになっていた。彼はかつてのような幸福感に包まれながら、日々を送ることが出来るようになった。

 

そして、変化は突然訪れた。

 

ある日彼は脳梗塞を起こし、病院に担ぎ込まれた。幸いなことに一命は取り留めたが、車椅子での生活を余儀なくされるようになってしまった。そうこうしているうちに、近所で奇妙な噂が立つようになった。あの家はお化け屋敷だと。実際それは、彼の子供たちも気付いていた。何かがおかしい。かつての私たちの家じゃない。彼らはそう感じていた。しかも彼らの子供たちも、お爺ちゃんの家が怖いと言い出し、訪れるのを嫌がるようになった。でも、単なる気分的なものかも知れない。病気になってしまったのだから、仕方ないではないか。両親を放っておくことが出来ない彼らは、無理をしてでも両親の家を訪ねなければならないようになった。

 

そんな彼らの疑いの決定打になったのは、この事件だった。長女が両親の介護をひとしきり行うと、どうしようもない疲れを感じた。彼女が2階で休もうと階段を上り始めると、突然何かが自分の背中を押したように感じた。バランスを崩した彼女がとっさに手すりをつかもうとすると、その手まで払いのけられた感じがした。彼女はそのまま1階まで転がり落ち、腰を強打した。その大きな音をキッチンで聞きつけた妹がびっくりして駆け寄り、急いで彼女の手当てをした。見てみると腰の辺りがひどいあざになっている。

 

その日二人は、ついにオラン・ピンタル(ドゥクン=呪術師)に相談することにした。

 

オラン・ピンタルは、こう言った。あなた方のお父さんは、何かマジック・チャームのようなものを持っているのではないか。そんな話は初耳だった。オラン・ピンタルによれば、そのマジック・チャームはこう訴えている。私はあなたに、あなたの望むものを全て与えた。それなのにあなたは、私に何も、「見返り」をくれない。いつまで経っても、「見返り」をくれない。そこで私は、私の意志で、「見返り」を頂戴することに決めた、と。

 

しかもそのマジック・チャームに込められていた精霊は、一つだけではなかった。彼らはパートナーで、時として夫婦、時として師弟として立ち現れる。その主の方は数千年、従の方は数百年の年を経た精霊であった。そして彼らはその「見返り」の一つとして、マジック・チャームから離れ、前者はAさん、後者はAさんの妻の方へ乗り移ろうとしている。両親が体調を崩して以来、二人とも人が変わってしまったかのようにうすうす感じてはいたが、そう言われると確かに、納得が行く部分がある。

 

恐ろしいことは、それだけではなかった。ではAさんご夫妻が亡くなられた時に、その精霊は目的を達成して、去っていくのであろうか?残念ながらそうではない、とオラン・ピンタルは答えた。彼らは次の「宿主」を探すだろう、そしてその「宿主」は、当然彼らの肉親でなければならない。あなた方にもその可能性は十分にある。

 

冗談じゃない!、と彼らは訴えた。見たこともないような父のマジック・チャームのために、何で私たちまで巻き込まれなくてはいけないのだ、理不尽ではないか。しかしオラン・ピンタルは、それが彼らの目的なのだから、どうしようもない、と嘆息しながら答えた。

 

では、どうすれば良いのか。その質問に、オラン・ピンタルはこう答えた。ともかく、Aさん自身に決着をつけさせるのが最善だ、つまり、Aさんがその精霊を譲ってくれた人物にもう一度会い、その人物に精霊を引き取らせるのだ。しかし彼は脳梗塞を起こしてから、意識も明瞭ではない、そんなことが出来るのか、と訪ねると、そこは私は何とも申し上げられない、と彼は答えた。

 

では、もしそれを達成する前に、父が亡くなったら?その質問に対するオラン・ピンタルの答えは、更に恐ろしいものだった。あなた方は、Aさんの死後100日間は、絶対にAさんの近くへ近づいてはいけない、近づけば間違いなく、あなた方のうちの誰かが、次の「宿主」として選ばれるであろうから。

 

そんなことは不可能だ、何故なら葬儀をしなければならないから。どう考えてもそんなことは出来ない。それに対しても、オラン・ピンタルは何も答えなかった。

 

ともかくこの問題は、私が処理出来るレベルの話ではない。あなた方が私よりも強力なオラン・ピンタルに出会って、問題を速やかに解決出来るように、私も神に祈ります、そう言われた子供たちは、やり場のない感情を抱きつつ、帰途へ着いた。

 

実はこの話は、まだ決着がついていない。私は彼らとは非常に親しい間柄なので、日本という離れた場所にいて事の経過を見守り続けているが、非常にやるせない無力感を感じている(因みにこのような話は、気功や仙道でも非常に多く見受けられる。いわゆる「出神」というテクニックもその一つだが、この場合精霊は、術者の完全なコントロール下に入れなければならない。さもなければその精霊は独自の意識を持って活動を始め、最悪の場合主客が逆転し、術者を虜にしてしまう場合があるという。このAさんのケースも、広い意味でこの範疇に入るものと考えられる)。

 

日本でも、このような幸運を運ぶマジック・チャームだとかパワー・ストーンだとかいう類のアイテムは、相変わらず人気のようであるが、時としてそれらのアイテムが、然るべき「見返り」を求めてくる場合があるということを知っている人は、恐らくほとんどいまい。

 

実際に「見返り」を求められるようになる、その時までは・・・。

at 15:32, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード6〜移動する霊体

JUGEMテーマ:心、体、そして魂。

 

四国に住む嫁の友人が、先だって久々に、嫁に連絡を取って来た。

 

私は、いつもの通りに世間話をするのだろうと思っていたが、どうも今回は違うようだ。何でも、私に相談したいことがある、という。

 

以前触れたように、彼女は元々、インドネシアでもかなり名の通った呪術師だった。ある大統領にも仕えていたくらいの人物なので、私なんかは到底足元にも及ばないのだが、そんな彼女が何故私なんかに、何を相談するというのだろうか。私はいぶかりながらも、話を聞くことにした。

 

ひとしきり内容を伺った後、ユウイチは占いが出来るんでしょ?是非占ってほしい、という。どうも嫁が、私が易占が出来るということを、以前彼女にしゃべったらしい。

 

だが、私は断った。一つ目の理由は、私の易占は自己研鑽のためにやっているもので、人様に指南するためにやっているものではない、ということ(私は、気功や仙道・禅の全ての鍛錬は、そのようなものだと考えている)。そしてもう一つは、彼女自身が強力な霊能者なのだとしたら、何故自分で自分自身の問題が処理出来ないのか、という素朴な疑問があったからだ。

 

ところが彼女は、こう答えた。彼女は、自分自身のために自分の霊能力は使えないのだ、と。しかもそれは、道義的な理由ではなかった。彼女が自分自身の能力を使おうとすると、意識のチャンネルを切り替えなければならないのだが、それをすると彼女に敵対している勢力に、居場所を教えることになるのだそうだ。

 

例えば、映画『ロード・オブ・ザ・リング』に、このような場面がある。主人公のフロドが身を隠すために、リングを指にはめる。ところが正にそのことが、敵に彼の居場所を教えることになってしまうのである。これはファンタジーでも何でもなく、我々の日常に深く入り込んでいるインターネットも、正にその通りであろう。ネットにアクセスするということは、自分自身の個人情報をネットに解放するのと同じことであり、悪意を持っている人がそれを悪用することなどは、赤子の手をひねるより簡単なことなのである。従って、どうしてもそれを自分でするわけにはいかないのだと、彼女は言う。

 

そんなことを言われたって、駄目なものは駄目だ。私だって易占の専門家ではないし、そのようなことをするのは恐れ多い、と断り続けた。実際私が易占をしたら、誰か後ろに立って易占をコントロールしているのではないか、と感じる時がある。正に会話でもしているかのように正確な結果が現れてくるので、恐ろしくなって主体的に易占をすることは、ずっと控えていたのだ。しかし彼女は諦めてくれなかった。ユウイチに絶対にこれ以上迷惑は掛けないから、と懇願されたので、私も諦めざるを得なかった。

 

私は、数年来使っている易占のアイテムを、押入れの奥から取り出した(東京に引っ越した時も、恐いと思いつつも、どうしてもこれだけは鳥取に放置しておきたくなかったので、持ってきていたのだ)。ひとしきり場所を清めてから、易占に取り掛かることにした。その時彼女も「手伝ってくれた」。彼女に関する情報がここで漏れては困るので、自分に付いている従者を一人送るから、と彼女は言う。その言葉が終わるか終わらないかの内に、私の背後にかつてのように熱の塊が現れた。私はそのような異様な環境で、易占を行った。

 

その結果を告げると、彼女はとても満足したようだった。その結果には「城」というキーワードがあったのだが、そのキーワードが彼女の中で、チェイン・リアクションを起こしたようだった。彼女は実際に「城」を見たそうだ。同時に、池に咲く美しい蓮の花を見たという。そしてある歴史上で著名な人物の名前を呼ぶ声が聞こえたそうだが、それだけで十分過ぎるほどの情報を彼女は得たそうだ(不思議なことに彼女は、その人物の本名を知らなかった)。彼女は相談して良かったと、何度も何度もお礼を言った。私は、そんなに大した内容だったのかな、と不思議に思ったが、それ以上詮索するのは止めておいた。

 

あの時現れた霊体は、その後どこへ行ったのだろう?彼女の元へと帰っていったのだろうか?それ以降小平に住む私の部屋の体感温度が、外気と比べて明らかに高いのだが、まさかまだここにいるのだろうか?

at 12:28, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード5〜Samuraiの棲む街(後日談)


 この週末の教室で、この件に関して参加者の方々と議論してみたところ、非常に面白い証言が得られたので、ここに追記しておきたい。

 まず、「地中に埋められた何か」。この話はHさんも聞いたことがあるらしい。Hさんの出身のかなり歴史の古い小学校がこの地域の中心にあるのだが、彼女の子供の頃からも、校庭の真ん中に何かが埋められている、という噂が絶えなかったらしい。しかもこの小学校は、今も昔もやたらと奇怪な現象が多発するとのことだ。不思議なことにRさんは、いつもこの小学校を目にすると、そこにいつも救急車が止まっている、と言っていた。因みに私はそういう経験はないのだが(嫁の友人によれば、ポイントになるのは土だそうだ。幽霊を鎮めるには、彼らが生きていた時代のものをそのツールとして用いなければならない。しかし何百年もの昔からあるもので、我々が日常的に手に入れられるものといえば、一体何か?それが土なのだそうだ。最も強力なのは、神社の土ということである)。

 基本的にこの地域にある小山には大昔に城があったくらいだから、その一帯自体がそもそも古戦場だった、と言っても良いかも知れない。この小山には公園もあるのだが、そこには実際、「ウジャウジャいる」そうである。その公園の辺りにも、そのものずばりと言っても良いくらいの名前をした神社がある。古戦場跡地などは全国にもたくさんあるが、何故こんな不気味な名前の神社をわざわざ作ったのであろうか。何か凄惨な戦いでもあったのだろうか。残念ながら古史を見ても、詳しいことは何も書かれていない。

 このRさんもかなり霊感の強い方で、彼女も甲冑を着た武士の姿を見たことがある、という(ただし彼女がそのような武士を見たのは、嫁の友人が見た場所からはかなり離れている)。しかも彼女は武士だけではなく、やはり軍服を着た軍人の姿を見たことがあるそうである。

 話は以前教室をしていたあるカフェの話になった。そのカフェもいわくつきで、実は私達夫婦はそこでバティックの展示会をしたことがあったのだが、それ以降嫁はそこへ行くことを拒否するようになった。嫁いわく、初日はそうでもなかったのだが、二日目に異様な視線を感じるようになった。三日目になると間違いなく誰かが自分のそばにいる。四日目はとてもじゃないが耐えられないというような状態になったという。その話をRさんにすると、「初日から奥さんのそばにずっといらっしゃいましたよ」ということなので、やはり何かしら関連性があるのかも知れない。余談だが、その話をそのカフェに一時期おられた方にすると、自分は霊感なんかは全くないし、数回そこに泊まった時も特に何も感じなかったのだが、ある朝行くと前夜鍵を掛けていなかったはずのトイレが中からロックされていて、あの時だけは怖かった、とおっしゃっていた(因みに、今でもそこはカフェである)。

 私はここで非常に興味を持ったので、彼女に尋ねてみた。一体そのような存在は、どのような見え方をするのか。よく昔から描かれるように、足がないとか、透明だとか、そのような特徴があるのだろうか?彼女に言わせれば、一見そのような区別はなく、我々が普段人を目にするのと全く同じような見え方をするそうで、良く見たら行動ないしは着ているものが他の人と微妙に違っている、ということで幽霊と判断するそうである。例えば、彼女は姫路城に行った時に、観光客と全く同じ位置にいるのだが一人だけ和服を着ている女性を見た。しかもその女性はその位置から全く動こうとしないので、これは幽霊だな、と判断したそうである。

 彼女いわく、それは映像などでも同じだそうである。ある時テレビを見ていたら、高野山の春先の祭りの実況中継をしている。アナウンサーは明るい調子で普通にしゃべっているのだが、その背後に明らかに様子のおかしい人物が映っている。しかもその周辺の人は、その存在に誰も気付いている様子はない。更に彼女は、ある日本の有名なホラー映画の話もしていた。映画なので周到に編集されているであろうにもかかわらず、しっかりと幽霊らしきものが映っていたそうだ。彼女は、外国のものはそうではないが、日本のものにはたまにそういうものがあるそうである(私の大好きな、武満徹が音楽監修をしている『怪談』などはどうなのであろうか?(笑))。

 ヨガや気功に限らず古今東西の神秘学では、宇宙は多層構造をしていて、別の層の様相を見るにはそこにアクセス出来る意識レベルに移行するしかない、という言い方をしているものが多々ある。それはこのような話と照らし合わせてみても、納得出来るかも知れない。例えばそれは、Photoshopのようなものかも知れない。そこではキャンバス上に様々なレイヤーを重ねることで一つの画像が出来上がっているのだが、あるレイヤーとあるレイヤーとは互いに独立で、お互いを直接見ることは出来ない。それぞれを見ようとすれば、更に別のレイヤーに移動する必要があるのだ。多重録音も同じである。ドラムスのトラックとベースのトラックにはそれぞれドラムスとベースしか録音されていないのだが、それをマスタートラックに流し込むことで、アンサンブルとして聴こえる。我々の見ている世界もそのように、普通の意識では普通に見る観光地なのだけれども、別の意識で見ればそこには血まみれの武者が(自分達がとっくの昔に死んでいるにもかかわらずそのことを知らずに)闊歩しているというような、そのような多重構造をしているのかも知れない。

 私の友人が入院してしまったこと自体は不幸なことではあるが、それをきっかけにして私は古来よりの意識論、そしてそこにアクセスするための身体技法を、もう一度探ってみる必要があるかも知れない、そう考えるようになった(今非常に気になるのは、インドネシアの技術である)。ドン・ファンは、「ものの見方を変える」と言っていた。私はそれを、一種の皮相なポジティブ・シンキングと似たようなものと考えていた節があるが、実際は違うのかも知れない。

 その時はこののっぺらとした田舎町も、突然違った様相を呈することになるのかも知れない。

at 13:58, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード5〜Samuraiの棲む街


 先月、私の友人が入院した。

 彼女はその数日前に、市内のある界隈に店を構えたばかりだった。開店したかと思ったらそのようなことになってしまったので、彼女を知る人は不可解に思っている様子である。

 しかし私だけは、その真実を知っている、と言っても良いかも知れない。

 彼女は開店準備をしている時から、店の中が何かおかしい、としきりに訴えていた。誰かがいると。時々ただならぬ気配を感じてぞっとする時があると。しかしこれは、彼女だけではなかった。うちの嫁と開店祝いを持って彼女の店に行った時に、嫁もそう言っていた。

 入院先から彼女が私に会いたいというので、私は彼女の見舞いに行った。彼女が言うには入院して以来、身内以外で最初に会った人間は、私が最初だという。彼女は非常に怯えていた。事の顛末を訊ねると、店を開けようと思って扉を開けた瞬間に何かが彼女に迫ってきて、そこからの記憶がないという。無理に訊ねてフラッシュバックを起こされても困るので、私はただ黙って聞いていた。

 実は私は、その界隈と全く無関係というわけではなかった。その界隈は市が近年観光地として売り出そうとしている一角で、私もハンドクラフトを制作している嫁の仕事の内容上、そこに出店しないかという話を何回か受けたことがあった。しかし私は最初からその界隈にただならぬ気配を感じていて、ずっと断り続けていた。理由はわからないが、「あり得ない」といった感覚だった。そこに彼女が店を出すというので応援してあげたい反面、本当に大丈夫なのかな、という一抹の不安もあった。その予感は残念ながら、的中してしまったわけである。

 そんなこともあって何だかすっきりしない日々を過ごしていたのだが、そんな時に嫁の友達が、ゴールデンウィークに合わせて私達を訪ねてくることになった。折角の連休なんだし、こんな何もないところに来るなんてもったいない、とは思ったが、どうしても私達に会いたいということだったので、私達も歓迎することにした。

 私達は市内のいつも利用する中華料理店で昼食を取ることにしたのだが、私は話の内容を慎重に選んでいた。というのは彼女は強力な霊感があり、それに対して私も仕事柄興味がないわけではないのだが、いわゆるプロフェッショナルに興味本位でそのような話を吹っかけるのは、非常に気が引けたのだ(『恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード4〜消えた文明の謎』参照)。私は努めて他愛のない近況の話をしたのだが、その時何気なく、その彼女の話に触れてしまった。

 彼女は非常に印象的な目でもって、こう言った。彼女はその存在を見てしまった。恐らくそれは一生彼女を離れることはないだろうと。私も霊のような存在を感じる時がたまにあるが、彼女が言うには、それをただ感じるだけと見るのとでは、雲泥の差があるという。一度でもそれを見てしまうと、それは一生付きまとうのだそうだ。憑依(possession)とはそういう意味なのだという。

 しかし私は不思議に思った。その界隈は彼女は前回来た時にも、一緒に訪ねたはずだ。彼女には何の影響もないのだろうか?彼女が言うには、彼女の守護霊(guardian spirits)の力は強大なので、彼らは近づくことが出来ないのだそうだ。これと似たようなことを私も言われたことがある。あるところで気功の練習をしていた時のこと、ある生徒さんの背後に霊のようなものが現れて、彼女の首を絞め始めたそうだ。その時何気なく(そう、本当に何気なく!)私が彼女の方に手をかざすと、その手は消えたという。昔、「あんたには陰の世界のものは近づけなくなっている」と師匠は言ったが、程度の差はあれ似たようなものかも知れない。

 突然彼女は、私は今そこにいる、と言った。言うまでもなく相変わらず私達は中華料理店にいるにも関わらず、である。私はこれは、仙道でいう一種の出神の状態かも知れない、と考えた。彼女はその界隈に、異様な出で立ちをした集団が歩き回っている、という。そのうちの一人は甲冑を着て、血まみれの刀を下げている、そしてその先頭を歩いているのは、まげを落とし、草鞋を履いて、白装束を着ている人物であると。恐らく彼は、何かが原因で処刑された人物なのかも知れない、という。

 ここで私は、あることを思い出した。実は、私の周囲で霊感が強いと思われる友人達も、以前から同じようなことを言っていたのだった。しかし彼女達が「兵士」という言葉を使うものだから、私は戦前の軍人をイメージしていたのだがそうではなく、どうやらそれよりずっと以前の、武者の一群だったようだ。

 彼女が言うには、あの界隈は基本的に「除霊」が必要なのだが、その辺りにある寺が法要をしても全く効果がないという。それはどういうことなのかと訊ねると、彼らはその寺が出来る以前からその辺りに憑依している状態になっているので、それ以前からある神社などでなければ意味がないという(彼女は、地中に埋められた何かと関係があるようだ、とも言っていた)。興味を持ったので後で調べてみると、あの界隈が街らしき形になったのは500年以上前で、当時その中心部には、城もあった。だとすればかなり以前からその界隈に棲みついている、一種の地縛霊ということになる。

 彼女は私に、彼女が見ているその集団の着ている着物をかなり細かく描写してくれたのだが、それは正に戦国絵巻か時代劇にでも出てきそうな出で立ちそのものだった。インドネシア人なのに、何故ここまで細かく日本の甲冑、あるいは正に処刑されようとしている武者の描写が出来るのか?意地悪く言えば、それは彼女がテレビか何かで見たものが投影されているだけさ、ということにでもなりそうだが、一連の流れを知っている私には、そうやって一笑に付すことは出来なかった。

 彼女がそう言ったからといって、私は地元の役場か商工会議所かに行って神社に祈祷をしてもらうように進言するつもりは、今のところない。そんなことをしたってまともに取り合ってくれないのは、百も承知だからだ。また私も気功家とは言え、そのような技術は学んだわけではない。私が学んだのは禅系統の気功法なのだが、むしろそれは道教系統になるのかも知れない。更に彼女の話を額面通り受け取るとすれば、そのような道教呪術も効果があるという保障はない。だとすれば彼女以降も、第二・第三の犠牲者が出るのは避けられないだろうが、私にはどうすることも出来ない。何とも後味の悪い話ではあるが、致し方あるまい。それがこの街の宿命なのかも知れない。

 もっと色々と話を聞きたかったのだが、私はその後アポイントメントがあったので、残念ながら先においとますることにした。私は非常に名残惜しかった。

 しかし、彼女はどうやらその後嫁に、私の運命に対する重要な指摘もしたらしい。その真意がどこにあるのかは、また次回お会いする時までのお預け、となりそうである。



<追記>
 今日の教室では、同じようなヴィジョンを見た方々も参加する予定になっているので、彼らの見たヴィジョンと彼女の見たヴィジョンを比較検討する時間を設けるつもりである。もしそれらに少なからぬ一致点があるとすれば、そこには何らかの関連性がある、と考えて良いのかも知れない。

at 11:54, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード4〜消えた文明の謎

 
 彼女がここ鳥取へやって来たのは、今年のお盆だった。

 彼女は、私の嫁の友達だった。インターネットで知り合った、いわゆるメル友である。嫁は日本に来てから2年近くになるが、同郷であるインドネシア人と、ほとんど付き合いがない。本人曰く、どうも「うま」が合わないらしい。不思議と言えば不思議だが、理解出来なくもない。僕だって、日本人と「うま」が合わなかったりするし(笑)。そんな中で彼女は、付き合いは浅いながらも、唯一気心の知れた友達であったようだ。その彼女も、自分には友達がいない、と常々言っていたらしい。そこら辺で相通じるものがあったのかも知れない。

 しかし嫁によれば、彼女はどことなく謎めいた人物であったようだ。彼女自身の生い立ちを尋ねても、あまり多くを語ろうとしない。実際に会った時に、その話をしよう、などとはぐらかして、別の話題に移ったりする。何とも奇妙な人だ、と嫁は言う。それに対して私は、何でも以前その人は、自分のことをうっかり他人に話して、トラブルになった、と言ってたらしいじゃない、警戒してるんでしょ、ネット上の付き合いなんだし、当たり前だと思うよ、と答えていた。

 そんな彼女がうちを訪ねてくるという話を聞いたのは、8月の頭。私は少々不思議に思った。そこまで警戒している人が、わざわざこんな辺境まで、自分達を訪ねてくるのか?お盆休みを利用して京都に旅行に行った帰りにそちらへ寄ります、ということだったが、彼女の自宅から京都、鳥取では、まるで方向が逆じゃないか、でもまあ、同行する旦那さんは釣りが趣味ということだから、日本海側で道すがら釣りでも楽しみながら、こちらへ来るということなのかな、と私は軽く考えた。そして私達は、地元にある『燕趙園』という中国風庭園で、待ち合わせた。

 彼女は、とても気さくな人物であった。同行していた旦那さんは逆に寡黙な人で、その対比がユニークだった。時は正に、お盆の帰省シーズン。そこにあるレストランで昼食を取るのは絶望的に不可能に思えたので、私達は市内にある馴染みの中華料理店に移動することにした。

 中華料理店で改めて自己紹介をすると、私達は初めて、二人の今を知ることが出来た。二人は同じ工場に勤めている。その工場とは、製麺所。朝早くから夜遅くまで、素麺やらうどんやらを作っている。なかなか大変な作業らしい。休みもあまりなく、このような貴重な休暇を利用して、二人で旅行に行くのが唯一の楽しみだ、ということだった。その唯一の楽しみに、"リアル・タトゥイーン"のような倉吉にお出で頂いた、というのは、有難いやら申し訳ないやら、複雑な心境だった。そして次は、私達の番。嫁はインドネシア語で、うちの旦那は気功のインストラクターと施術を生業としている、と話した。そのような話を初めての人にすると、私の経験上ほぼ100%怪しまれるので(笑)、私はせっかくの楽しい出会いに水を差したかな、と申し訳なく思った。

 しかし彼女は、そうではなかったようだ。あなたには"Six Sense"があるのか、と彼女は日本語で尋ねた。ええまあ、それが仕事ですから、と私は答えた。次いで私は、どのようないきさつでそのような能力を獲得することになったのかを、気功との出会い、そして師匠との出会いを含めて、彼女に話した。

 彼女は、ふんふんと聞いていた。私のその話が終わると、彼女は私にではなく、嫁の方を向いて、インドネシア語で語り始めた。残念ながら私は、インドネシア語は皆目わからない。旦那さんの方を向くと、そういう話には最初から興味がない、といった様子で、黙々と食事をしている。仕方がないので私も、そうすることにした。

 すると、彼女の話が終わったらしく、嫁がそれについて私に話し始めた。しかしその内容は、私をして驚愕させるのに十分過ぎる内容だった。



 彼女は実は、先天的にそのような能力を持って生まれた人物だった。それは家族も十分に承知していたらしく、彼らは彼女を、「選ばれし者」と呼んでいたようであった。彼女はその能力を、幼い頃から如何なく発揮して、周囲の人達の相談によく乗っていたらしい。

 その噂は、噂を呼んだ。そして次第に、彼女の元に相談に来る人物は、一般人ではなく、政治的に相当な地位にある人物までに及んだ。ついには、何と彼女はある時期、インドネシアのA大統領の、影の相談役にもなっていたらしく、世界的に知られている事件であるBにも、彼女は一枚噛んだということである。

 しかしそれは、平和裏なものでは到底なかった。言うまでもなく政治の世界とは、権謀術数の世界である。先のA大統領も、彼女の他に、数人の呪術師らしき人物に同時に相談を持ちかけていたらしい。次第にそのような呪術師にとって、彼女は厄介者になり始めていた。ついに彼らは彼女をなき者にしようと、何らかの策略を練ったらしい。それを察知した彼女は、表の世界での仕事に絡めて、日本へやって来た。そして結婚。それ以来彼女は、インドネシアには帰っていない。日本では毎日、朝から晩まで麺を作っている。住まいは、エアコンもないような、古くて狭い木造アパート。夏は暑く、冬は寒い。しかし彼女は、異常な緊張感の中で政治家に囲まれて生きるよりは、今の方がずっと幸せだ、と言う。

 そのような彼女が持っている能力とは、一体どのようなものなのか?私は興味津々だった。嫁が尋ねると、彼女はこう答えた。実は自分にはある存在がついていて、その存在が様々な情報をくれるのだ。その情報を、他の呪術師が狙っているのだという。しかし嫁が、その存在のことを尋ねると、申し訳なさそうに、それは言えない、ごめんなさい、と答えた。そして彼女は、別のことに話を変えた。

 しかし、その数分後である。元の話題に戻ったのは、彼女の方だった。今その存在が私に、自分のことをあなた達に語っても良いというから、話すことにするわ。彼女は話し始めた。実は彼女に付いているのは、昔西部ジャワに存在したパジャジャランという王国の皇太子だ、という。しかも、今この場にいるのは一人だけだが、それらは複数いて、彼女から数十メートルの距離を置きながら、いわば彼女の周囲に結界のようなものを形成して、その中に邪悪な霊が入らないように警備をしているのだ、という。嫁によると彼女も、パジャジャランという王国については聞いたことがあった。この王国は7世紀から16世紀まで存在したのだが、奇妙なことにはこの王国は、何の前触れもなく、突然消滅したらしい。一応歴史的には、次に台頭してきたムスリム王国によって滅ぼされた、という説明にはなっているが、一般にはそうではない、と考えられている。ではどう考えられているというのか?実は彼らには特殊なテクノロジーがあって、ある時期を境に、「現世に留まることを止めた」、そして彼らはそのテクノロジーを使って、王国もろとも肉体を消滅させた、そしてその末裔は、今も西部ジャワにあるとある山に住んでいるのだ、という伝説があるそうだ。そして彼らは今も、特定の人物を選んではその魂を送り込み、インドネシアの政治に介入している。そして彼女は、その一人だというのだ。その意味で言うと、先ほど彼女はその能力を先天的に持っている、と書いたのは、実は正確ではない。彼女が幼少の時、彼らは忽然と現れた。そして彼女に、彼女の宿命を語った。そんな彼らに対して、彼女にはどうすることも出来ず、その宿命を受け入れるしかなかった、という。私の背後、数歩下がったところに、今もその人物はいて、私達の会話を聞いている、彼女はそう話した。

 その瞬間である。私は彼女の背後に、突如熱の塊が生じたのを感じた。しかもそれは、どんどんと大きくなってきているのだ。私の天目の辺りがジンジンと疼いた。私は一気功家の見方からして、そこに何かいるを認めざるを得なかった。このようなフィジカルな反応は、施術以外ではここ最近とんとご無沙汰だったので、私は面食らった。このことを後で嫁に話すと、実は嫁も話している最中に、何かが背後にいるのがわかっていたという。だんだんと肩が重くなるので、それを振り払おうと必死になっていたのだそうだ。彼女がしきりと腕を回していた理由が、この時初めてわかった。私はあっけに取られた。倉吉が"リアル・タトゥイーン"だなんて、彼女の方がよっぽどオビ=ワン・ケノービじゃないか、と私は思った。

 さらに私は、いろいろと質問した。彼女も彼女で、どういったきっかけで私がインドネシアに興味を持ち、ついにはインドネシアの妻をもらうことになったのか、興味があったようだ。私は学生時代に、中沢新一氏の著作を読んで以来インドネシア呪術に興味を持つようになり、それで嫁と知り合うようになってからも、その手の話を彼女を通じて収集するようになったのだ、と話した(無論、嫁は嫌がっているが(笑))。なるほどなるほど、と彼女は答えた。話はバリの呪術にも及んだ。それに関して彼女は、いろいろと興味深い話もしてくれた。例えばバリには、神秘の島らしく、「沈黙の日」という日がある。その日の夜は何人たりとも、明かりをつけたり、大声を出したりしてはいけないのだそうだ。一般にはそれは、自分の精神的な安定さを求めるために必要な儀式のようなもの、と教えられるらしいが、彼女のような人物から見ると、状況は一変するらしい。実はこの日は、バリに住む白魔術師と黒魔術師が、島を挙げての全身全霊の死闘を行う日なのだという。彼女は昔仕事の関係で、この日偶然に、バリを訪れたことがあった。彼女が真っ暗な部屋の中からこっそりと外を覗くと、凄まじい光が闇夜を飛び交い、その光景は、まさしく「スター・ウォーズ」の情景にそっくりであった、という。つまり、明かりを点けていたり物音を立てたりすると、魔術師に察知されて、戦いに巻き込まれる可能性がある。その夜だけは大人しくして、息を潜めなければならないというのは、それが本当の理由らしい。


 
 彼らは、倉吉市内にある梨の博物館を見学した後、帰って行った。その後私は、彼女の語ってくれた一連の話を反芻しながら、物思いに耽った。そういえば、と私はある体験を思い出した。その数日前、私は倉吉市内にある小鴨神社という神社で、縁あってライブをすることになった。その演奏前に宮司さんが、メンバーを拝殿に招いて、お払いをしてくれた。その時私は、拝殿の中央に同じく、巨大な熱の塊が生じたのを感じた。しかもそれは、尋常な規模ではなかった。その数日前にも同じ場所でライブをする機会があり、その後で参加者にパワー・スポットの感知の仕方についての簡単なレクチャーを行って、その際にも拝殿の中央に熱の帯のようなものを感じたのだが(これは参加者全員が感じることが出来た)、この時のそれとは、到底比較にもならなかった。

 そこで私が思い出したのは、いわゆる仙道でいうところの、「出神」という行のことである。この行では、小周天その他で全身を「気」の塊にするのに成功した後、それを次は体外に生じさせる、というプロセスを行う。それだけではない。それに成功した後、行者はその「気」の塊に、「意識を刷り込ませる」トレーニングを行う。それが成功するとどうなるか。いうまでもなく我々人間は、いつかは必ず死ぬ。なぜか?物理的・生物学的な存在である、肉体を持っているからである。では、それを持たなければどうなるだろうか。肉体を消滅させて意識だけになれば、当然、死ぬことはない。というより、死ぬことは不可能である。そのような状態を獲得せんがため、行者はこの「出神」の行を行うという。これだけ聞けば、完全に気違いじみた、正にオカルティックな発想以外の何者でもない。しかしこれに酷似した行体系は、不思議なことに、チベット、ヤキ・インディアンなど、古今東西に共通して見られるのである。

 私はこの話を聞いた時、それを純粋に、心理学的に解釈していた。つまりそれは、いわゆる「他人の立場に立って物事を考える」ことの神秘学的な表現のことだろうと考えていたのである。実際、例えばウェン・ウィンガーの『頭脳の果て』という書物では、そのような論法で解説がなされている。しかし、この一連の体験の後、私はこの解釈に修正を加えなければならないのではないか、と思うようになった。もし、それが本当に事実なのだとすれば?(私はこの点に関して、以前、友人の物理学者とも議論したことがある。彼も、いわゆる魂というものは、熱と関係があるのではないかと考えている、と話していた)。彼らはこの世に、「実際に住み続けている」。しかしその姿は、見ることが出来ない。特殊な感覚がある人を除いて。だが実際に、「そこにいる」のだ。それがパジャジャラン王国の、今の姿ではないのか?いや、パジャジャランに限らない。シャンバラ、桃源郷、あるいは天上界・・・、それらは本当に、想像上の存在なのか?特殊な状況下でしかアクセスが出来ないというだけの、実在ではないのか?さらに、パジャジャランに限らず、地球上には忽然と消滅したとされる文明が、いくつもある。彼らは一体どこへ消えたのか?歴史学者はそれに対して、疫病の存在、戦乱などの説明を行うが、どれも決め手を欠く、というような事例が山ほどあり、いつの時代でもそれらの話は、古代史マニアのロマンを掻き立てている。しかし彼らは、本当に滅亡したのだろうか?

 宇宙論で考えてみよう。宇宙にはダーク・マター(暗黒物質)と呼ばれる、"人間が見知ることが出来る物質とはほとんど反応しない"といわれる存在がある、という説がある。実際シミュレーションしてみると、この存在を仮定しないと説明が出来ない事象がいくつも存在する。その説明を成り立たせる暗黒物質(暗黒エネルギー)の量は、全宇宙の約94%、その残りわずか約6%が我々の世界なのだという。つまり、その約6%の知識でもってその約24倍にもあたる世界を説明するなどというのは、土台無理な話ではないのだろうか。つまり、我々が目にしているものがこの世界の全てであるとは、誰も断言出来ないのではないだろうか。

 実をいうと最近の私は、少々気功というものに飽き飽きしていた。それもそのはず、気が電磁波であると仮定すれば(あるいはエリクソニアン催眠というパラダイムを用いれば)、施術からいわゆるパワー・スポットまで、大概の現象は説明が出来るので、まるで新鮮味を感じなくなっていたのだ。しかし、彼女との出会いが全てを変えてしまったようだ。もう一度気功や仙道、あるいは古今東西の呪術に関する文献に、もう一度虚心坦懐に当ってみる必要があるのではないか。私は今、そう考えている。

 その時私は、もう一度あの存在に出会って、"未知の次元"に関する話を、じっくりと聞くことが出来るのかも知れない。

at 15:22, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード3〜死なない魂、死ねない魂

 
嫌がる妻をなだめすかして(笑)インドネシア呪術の話を無理やり聞きだしていると、非常に面白い認識の違いに出くわすことがあります。

今回お話しするのはその一つ、霊能力に関する捕らえ方の違いです。

日本では昨今のスピリチュアル・ブームで神秘的なイメージのあるこの言葉ですが(あるいは、最初から馬鹿にされているか(笑))、インドネシアでは違うようです。どう違うのか?

それはずばり、インドネシアでは霊能力を持っていると、ロクな死に方をしないと考えられるそうです。

確かに私の経験上も、自分は霊能力を持っている、と主張なさる方で、可哀想にこの人ロクな死に方せんだろうなと思わされる方には何人かお目にかかったことはありますが(笑)、今回は少々趣が違うようです。彼女によると、その説明はこうです。インドネシアでいう霊能力というものはもともと、人間と別個の存在です。その両者が何らかの原因で一体となっている状態にある人を、霊能者と呼びます。その様態には、次の三つがあります。

_燭蕕の呪術的なトレーニングを積んだ人。
∪菘慧に偶然、そのような能力を持って生まれた人。
F端譴幣況下で生み出された特殊なアイテム(いわゆる、パワー・ストーンなど)を所持している人。

こうしてみると、^奮阿呂茲ありそうなケースですが(そうでもないか。僕だけか?(笑))、こういう人達はインドネシア呪術の観点からすると、ともかくロクな死に方をしないそうです。

具体的には、どういうことなのでしょうか。このような人の場合、先ほども申し上げました通り、霊能力とその人は、一体化しています。しかし人は人、いつかは必ず死を迎えます。問題が起こるのは、この時です。死という現象を目の前にして人間の肉体は崩壊していきますが、霊能力と一体となった精神は、崩壊しないのだそうです。するとどうなるか。普通の人の場合、肉体の崩壊と共に精神も崩壊していきますが(意識の混濁など)、このような人の場合は、精神は死なない。霊能力にばっちりと裏付けされているわけですから。畢竟、死に逝く苦しみをその霊能力と一体となったクリアな精神でもって、思う存分に味わうことになるのだそうです。それだけではありません。肉体は物理的な存在ですから、いずれ完全に機能を停止します。しかし先ほども申しました通り、精神は死にません。その肉体から離れた精神は、あてどもなくさ迷うことになります。

それについて、妻は次のようなエピソードを語ってくれました。

高校生だった頃のある日、友達が血相を変えて教室に飛び込んできたそうです。「夕べ恐ろしいことがあったの!」わけを聞くと、彼女は怯えながら、こう話しました。一昨日、近所のお婆さんが亡くなったのだが、こともあろうにそのお婆さんが、自宅に現れたのだそうです。深夜誰かが戸を叩くので、不審に思った彼女の母が戸を開けると、そこに立っていたのは、そのお婆さんだった!凍り付いて身動きが取れない彼女の母に向かって、そのお婆さんは、実は自宅にあった○○○が見当たらないのだが、あんた知らないか、と尋ねたそうです。母は勇気を振り絞って、知りません、と答えると、お婆さんは何処ともなく、消え去ったそうです。

その後数日間、近所に住む人達は、幾度ともなくこのお婆さんの訪問を受けたそうです。ついに彼らは、集まって対策を協議しました。実はこのお婆さんは、昔から不思議な霊能力を持っているということで、近所では有名だったそうです。彼らは話し合いました。恐らくこの霊能力が邪魔をしているお陰で、あの婆さんは死ぬに死ねない状況になっているに違いない、ここは一つシャーマンに相談して、婆さんからこの霊能力を除去する儀礼を行ってもらう必要がありそうだ。

早速次の日に、シャーマンが呼ばれました。彼らは墓を暴いてお婆さんの亡骸を取り出し、霊能力を除去する儀礼を執り行いました。それ以降そのお婆さんが、近所を徘徊することはなくなったそうです。

ところで、気功や仙道の研究者たる私としては、これは非常に奇妙に思えます。何となればこの分野には、「陽神」ですとか「ポア」ですとか(例の宗教団体のそれではありません(笑))、精神を肉体から離れて独立させることで、いわゆる不老不死を実現させようとする行についての記録も、存在するからです。しかしインドネシア呪術では、それは好ましい状態ではない、ということになるみたいですね(同じことは、カスタネダ・シリーズの中でドン・ファンも指摘しています)。

これらの例から総合的に考えると、いわゆる古来から言われてきた魂というものは、何らかの場のようなものと関係があるのではないか、と思えてきますね。この点に関して友人の物理学博士と議論した際には(Nさん、地震気をつけて下さいね・・・)、ご自分の経験からして、彼はそれは、熱力学的な場なのかも、と言っていましたね。

具体的には、こんなイメージでしょうか。空間に何らかの熱の場を人工的に作り出し、それをコントロールすることで、いわゆるオカルティックな現象を引き起こす。そのうちにその熱の場は、その人物と独立しつつも、不可分の存在になる。挙句の果ては、その熱の場に彼の精神を刷り込ませることで、肉体からも独立した存在となろうとする。これを仙道の場合だと「出神」と呼んで評価するけれども、インドネシアではそれは、真逆の評価となる・・・。

何はともあれ、こうやって違う文化圏の人とディスカッションすることで、自分の持っていた知識を違う角度から見られるようになる、というのは、比較人類学的な点から見ても、非常に面白いですね。妻は嫌がっていますけれども(笑)。というわけで私も、空間に熱を発生させて遊ぶのは、当面控えるようにします・・・。

at 16:09, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード2〜タナロットの白い蛇

 
ここ倉吉は、基本的にgloomyである。

最近はさすがに暖かくなってきたのでそうでもないが、引っ越した当初の4月前後は気温も低く、gloomyテイスト炸裂であった。さすが「山陰」というだけのことはあるわい。外へ出ても寒いし、賑やかさは東京と比べるべくもない。友達もいない。ええ、嫌われ者だし(笑)。畢竟我々夫婦は、家に引き篭もりがちになる。

そんなヒッキーの私の心を唯一慰めてくれるもの・・・。それは言うまでもない、オカルト話である。しかもせっかくだから、インドネシアの濃いのが聞きたいぞ。

そのことを妻に言うと、あんたは狂ってる、こんなgloomyな空模様の下で、gloomyな音楽を聴いて(Brian Eno最高!)、よくそんな話を聞きたいという気になるな。何を言う、gloomyだからこそ、雰囲気に合わせてgloomyな話をしたいんじゃないか。第一気功には、「陰中に陽あり、陽中に陰あり」というコンセプトもある。陰気なオカルト話の中にこそ、陽気を生み出すキーが隠されているんだぜ。ポジティブに行こうよ。私のこのような論理武装に妻は勝てるべくもなく、抵抗空しく最終的に、私の軍門に下ることになる。

その彼女が一昨日話してくれたのが、この話である。この女、叩けばまだまだ埃が出てくると見た・・・。



私の妻が、大学三回生だった頃の話である。

彼女の大学では、毎年バリへ、修学旅行に行くことになっていた。その行程の中には、有名なタナロット寺院も含まれていた。観光地として有名なタナロットだが、不思議なことに、教官は彼女達に、現地に着いたら絶対に自分の指示に従って行動すること、不用意に周辺のものに触れたりしないように、と繰り返し話した。彼があまりにも何度も言うものなので、訝った彼女達は、タナロットに何かあるのか、何かあったのか、と尋ねた。

すると彼は、数年前に彼女達の先輩に起こった、奇妙な事件の話を始めた。



妻がこの大学へ入学する、数年前の話である。この年も彼らは、同じように、バリへ修学旅行へと赴くことになっていた。その目玉は言うまでもなく、タナロット寺院である。海の上に浮かぶこの寺院の神秘的な姿は、いつでも、見る者を幻想の世界へといざなう。

一通り団体行動が終わると、自由行動の時間になった。ドイツ語専攻であったA君は、友人と共に、付近を散策することにした。

広い敷地内を歩いている内に、小さな洞窟が彼らの目に映った。その洞窟は、「グア・ウラル(蛇の洞窟)」と呼ばれるものである。中に入ると壁一面に、たくさんのひび割れがある。看守によるとその中には、白い蛇がたくさん住んでいる。蛇達はたまにそこから、体を半分だけ出して、外をうかがったりするらしい。二人が覗き込むと、確かに白い蛇がたくさんその中にいるのが目に入った。

興味を覚えたA君は、この蛇を首に巻いて写真を撮りたい、と看守に申し出た。看守は、構わないですよ、ただし蛇に触るのは、私がやります、蛇は神聖な生き物ですからね、と答えた。しかしA君は、神聖だって?馬鹿馬鹿しい、こんな白い蛇くらい、恐くも何ともない、自分でやりますよ、と言うが早いか、割れ目に手を突っ込むと白い蛇を引きずり出し、まるでアクセサリーを扱うかのようにくるくるっと首に巻いて、さあ撮って下さい、と看守に告げた。看守はそれに対して何も言わず、黙って写真を撮った。

奇怪な出来事が起こったのは、その深夜であった。

一行が泊まっていたホテルで、突然、けたたましい叫び声が聞こえた。飛び起きた一行が外へ出ると、A君がものすごい形相で辺りを走り回っている。その様子はまるで、何かに追いかけられているような感じであった。しかし周りの人には、A君以外何も見えない。彼は完全に錯乱した様子で、館内を逃げ回っていた。

何か大変なことが起こったに違いない、しかもその様子から、典型的な憑依現象と言えそうだ。そう考えた教官は、彼をバリのパダンダと呼ばれる司祭のところに連れて行くことにした(余談だが、インドネシアでは憑依現象は、日常的に見受けられるらしい。それはそれで、極めて興味深いことのように思われる)。

彼らから症状についてひとしきり説明を受けると、パダンダは逆に、もしかして最近何か、神聖な場所を侮辱するようなことはしなかったか、どこか特別な場所に行ったか、と尋ねた。

その時A君は初めて、例の白蛇の話をした。

パダンダは納得が行った様子で、こう彼に告げた。「お前は神聖なる白蛇を侮辱した。それが原因だ。本来ならば絶対に看守の言うことに従わなければならないのに、お前は慢心からそれを無視して、白蛇を辱めたので、精霊が怒ってお前に、呪いをかけたのだ」。

驚いた二人が、それではどうすれば良いのか、と尋ねると、パダンダは、直ちにタナロットに戻って、呪いを解く儀礼を執り行う必要がある、と答えた。

しかし、それを拒否したのは、当のA君であった。冗談じゃない、この世に呪いなんてあるものか、そんなものは信じないぞ、第一自分は、敬虔なムスリムだ、異教であるバリの儀礼なんて(ご存知のように、バリはインドネシア唯一の、ヒンドゥー教の地である)、絶対に受けるものか。彼があまりにもかたくなに拒否するものなので、教官は諦めて彼を連れて、ひとまずバンドンへ戻ることにした。

しかし、事態はそれで収まるべくもなかった。毎夜、特定の時間になると、彼は悲鳴を上げて辺りを走り回った。まるで逃げ惑っているようにして・・・。仕方がないので家族は、同じムスリムであるイスラム教の司祭のところへ、彼を連れて行った。しかしその司祭にも、どうすることも出来なかった。私ではとても太刀打ち出来ません。彼はどうしても、タナロットへ戻らなければならない、司祭は諦めた様子で、こう告げた。

そのような状態が約一年続き、とうとうA君は根負けした。折りしもその時、次の年の修学旅行が始まろうとしていた。教官は彼を、タナロットへ連れて行くことにした。

実は彼が、儀礼をかたくなに拒否していたのは、理由があった。彼は、ヒンドゥー教の儀礼を受けるためには、ヒンドゥー教に改宗しなければならないのだ、と思い込んでいたのだ。タナロットの司祭は笑って、そんな必要はない、ただ黙って私について、儀礼を執り行えばいいだけの話だ、余計な心配はする必要はないよ、と諭した。彼は安心して、彼について儀礼に参加した。

その直後、全ての奇怪な現象は収まった。



妻の聞いたところによると、この話のように、バリで何らか魔術に関連した事件に巻き込まれると、それを解除出来るのは、唯一バリの司祭だけで、同じ魔術師であっても、他の場所に住む魔術師では、どうにもならないらしい。バリで受けた魔術を解除するためには、必ずバリへ戻らなければならない、というわけである。

最近の日本はスピリチュアル・ブームで、バリはその聖地のように憧れられているようだが、意図的か否かにかかわらずうっかりこのようなケースに巻き込まれると(例えば、あなたの恋を成就するために、精霊を使ったおまじないをしてあげますよ、みたいな。日本の女性は好きそうですね(笑))、後が大変なので、十分注意が必要かも知れない。



タナロット寺院

at 12:13, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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恐るべきインドネシア呪術の世界エピソード1〜呪術師の死闘(下)

 
 彼は、特殊な形をした刀を取り出した。この刀は「Keris」と呼ばれ、、インドネシアの呪術では良く用いられるらしい(日本で言う「独鈷」のようなものであろうか)。彼は、これを使って原因を探ります、と言う。

 彼がそれを地面に置くと、驚くべきことにこの刀は、ひとりでに動き出した!

 刀はひょこひょこと部屋の中を動き回ると、ある場所でぴたり、と止まった。呪術師はその同じ刀を使って、その場所を掘った。

 そこから出てきたのは、非常に不気味な代物だった。

 それは、シュロ(日本では見られないが、ヤシの木の一種)の葉っぱで出来た人形、錆びたカミソリの刃、同じく錆びた針、そしておびただしい爪であった。黒魔術師はこれを、家人にわからないように、この場所に埋めたのだった。何故か?それは、この人形を媒介にして、家人に危害を加えるためである。

 実際、人形を媒介にして呪詛を仕掛ける手法は、古今東西よく見られる。日本で有名なのは、言うまでもなく、藁人形を使った『丑の刻参り』であろう。それは扉のところに埋めてあったのだが、実際扉は多くの人が行き来する場所であり、家人がここを通る度にこの人形を媒介にして、呪詛が仕掛けられる、というわけである。こんなおぞましいものが、いつ埋められていたのか、家人には全く、見当も付かなかった。

 呪術師はそれを取り出すと、元通りに穴を埋め、本格的に儀礼に取りかかった。

 すると叔父が、ひどく苦しみ出した。そこで展開したのは、またしても通常では考えられないような現象であった。よく見ると、叔父の体から何かが出てくる。それは、おびただしい数の針と爪であった!これにはその場にいた全員が戦慄した。叔父が苦しむ度に、ぞろぞろと彼の全身から針と爪が出てくる。恐るべき光景であった。

 この儀礼は、一晩中続いた。

 すると突然、呪術師がバタリ、と倒れ込んだ。家人があわてて抱き起こすと、彼は疲労困憊した様子で、こう告げた。

 「申し訳ありませんが、この針と爪を全て取り出すのには、膨大なエネルギーが必要です。今で半分だけ取り出しましたが、今日はもうこれ以上続けることが出来ません。一旦家に帰って十分に療養してから、また儀礼を再開したいと思います。残念なことですが、今日はここまでにさせて下さい」。

 息も絶え絶えの様子で体を張って儀礼を続ける彼のこの言葉に、家人の誰もが反対することは出来なかった。

 かくしてこの日の儀礼は、これで終了した。

 しかし、残念ながらこのことは、黒魔術師には予測されていた出来事だったようだ。ここで呪術師の儀礼が成功すれば、死ぬのは自分である。そんなことはさせてなるものか。黒魔術師は、持てる力を振り絞って、今まで以上の激しさで、攻撃を再開した。

 叔父が息を引き取ったのは、その日のことであった。






 叔母は叔父が亡くなった後、しばらくは精神錯乱に近い茫然自失の日々を送っていたようであったが、今では回復している様子である。その時お腹の中にいた赤ちゃんも、とても美しい娘に成長している。

 私は昨年スラバヤを訪れた際に、この自宅も訪問した。家人は異国からやってきた私を、温かく迎えてくれた(「じゃがたら見聞録(8)〜ついにスラバヤ到着、そして始まる二度目のフィーバー・・・(10月22日)」)。不気味な人形が埋められていた穴も、実際に見せてもらった。そこには、穴をコンクリートで塞いだ痕跡が残っていた。それ以外は、静かな路地裏にある、何のことはない普通の家である。この正に同じ場所で、白魔術師と黒魔術師の命を懸けた壮絶な死闘が繰り広げられたなどと、誰が想像出来ようか。しかもそれは、神話の時代の話でもなく、ハリー・ポッターのお話の中でもない。1991年に実際に起こった出来事なのだ。



 ・・・しかし、そんなことが本当に存在するのか?読者の皆さんは、そう思われるに違いない。それは、「常識的な」反応であろう。

 ここでこれらの現象が、科学的にあり得るのかといった不毛かつありきたりの問題提起ではなく(どうせ権威ある有識者の方々にまた馬鹿にされるだけですからね(笑))、より現実的かつプラグマティックに考えてみたい。

 つまり、私が言いたいのは、そのような「常識的な」反応が生じる現代は、逆にこのような黒魔術師にとっては、とても仕事がしやすい時代なのかも知れない、と考えることも出来るのではないだろうか、ということである。

 科学全盛の今の世の中、誰が「呪い」などというものの存在を信じるであろうか?呪い殺された、などといっても、警察がそのような話を信じて、実際に捜査に乗り出すであろうか?法学も、医学も、科学的に検証出来ないものの存在は、最初から相手になぞしない。馬鹿馬鹿しい、と一笑に付すだけである。しかしそれは、叔母や、それによって命を落とした叔父自身の反応でもあったのだ!しかし大昔であれば、これは逆である。奈良時代の律令でも、呪詛に対する刑罰の記述が、実際に見られる(『大宝律令』第七篇「賊等律」)。呪詛はこの時代は、当たり前に存在しており、十分に立件可能な犯罪だったのである。

 だとすればそのようなものの存在を否定している今の時代、そのような技術を身に着けた人間は、文字通り「完全犯罪」が可能なわけで、これはある意味恐ろしいことなのではないだろうか。立証不可能に付き不起訴。それは幸いにも、法的に、完璧なまでに保障されている。

 では、何故そのような現象が、科学的に検証出来ないのか?科学的に存在しないから。それは科学者サイドの見方である。大っぴらにそれらを研究したという話も、ついぞ聞かない。あったとしても、大槻教授が叩くのをマスコミが面白おかしく取り上げて終わり、である(笑)。

 しかし、もう少し「常識的に」、プラグマティックに考えてみよう。そのような技術を本当にマスターした人間が、その詳しいメカニズムを第三者に教えるような酔狂なことを、果たしてするであろうか?科学?馬鹿馬鹿しい。そんな「わけのわからないもののために」、自分達が伝承してきたテクニックの秘密を暴露する必要が、どこにある?本物の呪術師であれば、そう言うかも知れない。

 つまり、呪術の立証を不可能にしている主体は、呪術でも、科学でもなく、実は呪術師そのものなのではないだろうか?それは実際問題、立証されては困るのだ!仮にラッキーな科学者がいて、運良くそのようなパワフルな呪術師に接触出来たとしよう。しかしその呪術師は、その科学者にフレンドリーに対応しつつも、嘘をつくだろう。彼が呪術に関して本当のことを述べるとは、まず考えられない。それは言わば、「企業秘密」なのだから。これと似たような例として、さる高名な合気道の大家S師は、晩年に至るまで、第三者に自分の技をビデオに撮らせるのを拒否していた、という話を聞いたことがある。何故駄目なのか、という問いかけに、S師はこう答えたそうだ。「技の秘密がバレるから」。

 彼は何食わぬ顔をして、スーパーマーケットに現れる。彼は他の客と、何一つ変わったところはない。しかし彼には、闇の世界に向けられたもう一つの顔があるのである。人は、彼が恐ろしい呪術師であることを知っている。彼の手にかかれば、何人たりとも、死から逃れられない。誰もがそれを知っている。しかし、誰もそれを口にしない。彼と真剣に呪術の話をするのは、それこそ呪詛を依頼するときだけである。しかもそれは、単なる殺人ではない。証拠は、法的な意味での証拠にならない。葉っぱで出来た人形が、どうやったら凶器になるというのだ?従って、立件も出来ない。

 そのようにして闇に葬られた犯罪が絶対に存在しないなどと、誰が断言できようか?

 いつもの私のように、この出来事に対して、心理学や、あるいは電磁気学を用いた説明を試みようという気には、今のところなれない(より正確には、それは説明不可能ではない。仙道には同じような呪術体系が見られ、それは現代の理論でも、説明不可能ではない。しかし、ここではそれについて触れるのは止めておく。理由は、今見てきた通り、プラグマティックに考えれば、ナンセンスだからである)。好奇心旺盛な私ではあるが、目に見えぬ死闘を繰り広げたこの呪術師や黒魔術師に会ってみたいという気にも、到底なれない。何故なら私のような人間は彼らにとって、真っ先に闇に葬り去るべき存在であろうから(笑)。

 このエピソードをお信じになるかどうかは、読者の皆さんにお任せすることにしよう。ただ一つ私が思うのは、この世の中には、まだまだよくわからない(より厳密に申し上げれば、「常識」ではうかがい知ることの出来ない←ここがポイントなのですね)現象がたくさん隠されている、ということである。







 ↑よろしければ、是非

at 12:28, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 恐るべきインドネシア呪術の世界

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