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「テクノロジーは意識に迫れるか?」のコメントに関するお返事

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謹啓 Minr Kamti様

コメントが上手く表示出来ませんので、こちらにて。多分、長すぎたせいだと思います(笑)。

個展、大盛況だったみたいで、良かったですね。おめでとうございます。あの時は長々と居座ってしまって、申し訳ございませんでした(笑)。



さて、ご指摘のあった映画とは、お察しの通り『攻殻機動隊』のことです。ただしより正確に申し上げますと、押井守さんが監督された作品の方なのですけれどもね。

この一連の作品が、例の『マトリックス』のアイディアの源泉になったというエピソードから興味を持って観たのですが、僕にとっては『マトリックス』以上のインパクトがあったかも知れませんね。というのは以前の記事でも触れましたけれど、この映画は最終的に、人間vs機械というありきたりの二元論に回帰してしまっているからです。それは所詮、神vs悪魔という数千年にも渡るルーティン・ワークの延長に過ぎない。

しかし、押井監督の作品は、全く違う問題を提起しているように思います。



一つは、私とは何か、そしてその私が認識している世界とは何か、という問題ですね。その寄って立つ基盤は、そもそも物凄く不安定なものに過ぎないのではないか、というトーンで貫かれている。それは謎めいた台詞もそうだし、第一物語自体もそうですね。メビウスの輪のように、表が裏になり、それがまた表になる、策略の上に策略があって、それがまた別の策略の一部になっている、みたいな。結局一回観ただけではさっぱりわけがわからないから、数回観る羽目になる。そうやってハマってしまう(笑)。

この認識に関する問題は、ユングの「集合無意識論」と似ているのかも知れない。ユングは個々人を超えた領域にある「集合無意識」というものの存在を仮定しました。しかし、ここに困難が生じます。ではそこから派生する我々の意識とは、一体何なのか。草薙素子が葛藤を覚えていたのは、正に同じ問題なのではないでしょうか。自分の体は政府の所有物で、その記憶は外部接続された情報に過ぎない。ではそんなことを考えている私のゴーストとは一体何なのか。これは仏教の、中観派と呼ばれる思想に極めて似ていると思います。

さらに言えばこの問題は、現在生きている私達にとって、物凄く身近な問題かも知れませんね。もちろん無意識的にですが(笑)。私達はユニクロを着て、マクドナルドを食べて、J-POPを聴いている。そこには個性というものは、特に必要ありません。人と同じことをしていても、問題はない。むしろそうではない人達は、「逸脱系」と呼ばれる(笑)。私達は文字通り、集合無意識「を」生きているわけです。それがうまく機能しているうちは、誰も気に止めない。しかしながら、それで処理出来ない事態は、必ず生じる。例えば病気ですね。ある時不治の病にかかった。周りの人は気にかけてくれるけれど、だからといって彼らは身代わりになってくれるわけでもない。その時人は初めて、集合無意識から離れて、自分自身に向かい合うことになります。逆に、その地点から思考しろ、というのが、仏教の視点です。一応作中には、「孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように」という、自己修練を重んずる小乗仏教の経典である阿含経の一文が挿入されていますが、物語全体にはむしろ、大乗仏教的なニュアンスを感じる。

しかしだからといって過剰なまでの仏教臭さが、この映画に観られるわけでもない。監督ならば笑い出しそうですね(笑)。だとすれば、なぜ彼がこのような思想に至ったのか、という経緯は、私としては非常に興味がありますし、また社会現象的にも、このような作品にポピュラリティを与えているのは、そのような人々の無意識的な不安なのかも知れない、と思うと、それも大変興味深いですね。



そしてもう一つあります。これはむしろ道教等の神秘学的な発想ですね。最終的に草薙素子は「人形遣い」と融合することで、ネットの中に「拡散」していきます。そして二作目のバトーの危機に際して、彼を襲うアンドロイドに「ハッキング」して現れる。もちろん姿は違うわけですが。

実はこのような行動は、古今東西の神秘学で「不老不死」を獲得したと言われる人物の、行動パターンそのものです。

このことは、もしかしたらある潜在的な意識レベルにおいては、そのように意識の「外部化」を図ることが可能なのではないか、それを可能にした人々が、古来より「仙人」と呼ばれてきた人々なのではないか、ということを想像させますね。そのような人達は、肉体の限界を超えた領域に住んでいます。肉体は必要ないわけです。そして、我々の世界そのものにも、自由に介入することも出来ます。肉体に「ハッキング」を行うことで。それが本当の「不老不死」という状態なのではないか、ということを想像させます。

実際、死者を生き返らせて話をする、という類のことは、原理的に可能です。それはある種の催眠状態で、物が生じたり消えたりするのと同じ、ごく当たり前の心理現象に過ぎません。私は「不老不死」とはこのことなのかも、と考えていたのですが、しかしこのことと前者とは、明らかに違いますね。

例えば、幽体離脱と呼ばれる現象がありますね。しかしこの現象の問題は、それを自覚する側の人間の身体がまだ残っている、ということにあります。つまり、意識は肉体に隷属しているわけで、両者が独立しているかどうかはわからない。肉体が滅びた時、それを語るべき意識も、同時に消滅するわけですからね。それは情報と、パソコンの関係に似ているのかも知れない。パソコン自体が壊れると、その中に入っている情報そのものを観ることは出来ない。その意味で考えると、それは単なるイマジネーションに過ぎない、と言われても、幽体離脱を主張する人には、反論する方法がないわけです。

もし幽体離脱を主張するのであれば、それは、草薙素子のような存在である必要がある。つまり、意識あるいは情報が、一人歩きをする必要があるわけです。それは、コンピュータ・ウィルスのような存在かも知れない。何かの拍子にパソコンに入り込むことで、パソコンそのものを支配して、また去っていく、みたいな。アンチウィルスソフトで捕獲しても無駄。それは単なる、ヴァリエーションの一つに過ぎないのだから。そのような仙人の伝説は、古代中国に限らず、たくさんありますね。

そのような存在は、果たして可能なのでしょうか?

ただしこちら側としては、やはりそれらを単なるイマジネーションと、どのように区別するのか、といった問題が、相変わらず残されていますけれどもね。実際私はこうやってコンピュータのキーボードを叩いているわけですけれども、このキーボードが存在するのかしないのかは、別に量子力学などを持ち出さなくても、心理学的な意味でも確認することが出来ないわけですから。そのような存在が、外部に存在するのか、やはり内部に存在するのかは、確認のしようがない。

第一それ以前の問題として、馬鹿馬鹿しい、単なるマンガのフィクションじゃないか、何を本気になって考えているのだ、と言われてしまえば、それまでですけれどもね(笑)。

これらの問題に関しては、また稿を改めて論じたいと思っています。



ところで、臼木さんが2月14日から23日まで、金井画廊で、春の絵衣展をなさいます。またギャラリー銀座一丁目で21日午後3時より、電子楽器によるパフォーマンスがあるみたいです(こちらは例の富岡さんとのコラボみたいですけれども)。良かったらご一緒しませんか?(笑)



というわけで、ますますのご活躍を祈念申し上げております!







at 18:01, やわらぎ気功クリニック 中原勇一, 時事関連トピックス

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Minr Kamti, 2009/02/14 11:53 AM

前略。SASURAI様〔あとで明らかになりますが、これからはこのお名前で……〕。

 とても充実したお返事をどうもありがとうございました。SASURAIさんの仰る「ハマる」という状態がどの程度のものなのか、初めて実感した思いです。……つまり、並大抵の深みではなく、水圧1000ヘクトパスカル〔水の圧力の場合も単位はこれでいいんでしょうかね?〕にも及ばんとする深淵にドップリ、ということだったんですね。
 ……で、今朝未明、わたしも別の方への長すぎたコメントで失敗〔スパム判定を受けてしまい書込み不可〕をやり、思い知らされてもいますので、SASURAIさん同様、ブログにおいて公開書簡としてお答えする、ということに致します。
 同時にまた、問題提起としては完璧なるこの記事へ向けて、私のほうからトラックバックを掛けることにしましょう。つまり、ダブルリンクを通じての共同戦線、ということで……。


 では、また後ほど……。

MINR Kamti

追伸。以下 URL は個展期間中に経験した数々の対話をセミ-フィクションとして展開させた最新記事です。よろしかったら、どうぞ……。
http://mousoutaha2.blog105.fc2.com/blog-entry-19.html












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妄想多発領域, 2009/04/25 2:34 AM

前略。SASURAI 様。  ようやく戻って参りました。  予告編でお伝えしておきましたとおり、今回のテーマは、  創造主と被造物の葛藤 ...

妄想多発領域, 2009/04/14 12:48 AM

前略。SASURAI 様。  先ほどは個展初日に来て下さってどうもありがとうございました。  完徹明けの仕事残し故に飲むわけにもいかず、閉廊...

妄想多発領域, 2009/02/22 11:18 PM

* 2月14日付け 『気功家 SASURAI 氏との対話』 改。氏のブログに寄せたコメントを “第1報” と数えた上での付題。 前略。SASURAI 様。  ...